4通りもある「人気」の読み方と意味の違い

(第244号、通巻264号)
    
    文中に「人気」という2文字を目にしたらごく自然に「にんき」と読む。ただ、文脈によっては「人気のない境内」などのように「ひとけ」と読む場合もある。しかし、「じんき」という読み方までは思い至らなかった。
    
    昭和半ばころの、ほんの少し前までの市井の古い言葉に巧みだった作家の向田邦子の回想録に「人気」と書いて「じんき」と読ませる個所がある。向田が飛行機事故で亡くなってから30年になるのを機に朝日新聞夕刊で連載した「人生の贈りもの」という記事だ。妹の向田和子さんからの聴き語りをまとめたものだが、その3回目「闘病の姉と『ままや』開店」で和子さんが姉から「女同士でも気軽に入れる店をやりましょう。人気の良い場所でね」と小料理屋を開くよう勧められる行(くだり)で「人気」の2文字に「じんき」とルビが振ってあった。
    
    「人気スター」とか「若者に人気のある」など“popular”という意味(「にんき」)での用い方とは明らかに違う。そこで記事に出てくる『向田邦子の遺言』(向田和子著、文藝春秋刊)に当たってみたところ、引用元の一節が見つかった。その部分を引用してみよう。
    ――「『ままや』繁盛記」の中で、姉は、『水屋』《注1》をやっている私のことを、〈活気という点では、いまひとつ、面白味がないように思っていた〉と書いていたが、「活気」というのは、お客の数だけの話なのではない。その中身も含まれるのだ。だから姉は「人気」という言葉を使った。人気のいい場所、とそれにふさわしいお客、という頭があったのだろう。――
    
    上記の本の中の「人気」にルビはないが、読み方は「にんき」ではなく「じんき」のつもりだったはずだ。文の流れからそう見て間違いあるまい。『日本国語大辞典』第2版(小学館)の「じんき」の項に「人の生気、活気。また、人々の気配。人が群集してつくりだす気配」「人々の気うけ。世間のそれをよしとする感情」という語釈にぴったりの言葉遣いである。『岩波国語辞典』(第7版)では「じんき」を「その地域・地区の人々の気風」と定義し、「ひとけ」の見出しの項には「人のいそうなけはい」とある。
   
     以上、「人気」の読み方を「にんき」「じんき」「ひとけ」と3通り挙げた。実は、もう一つ別の読み方がある。「ひとげ」である《注2》。『岩波国語辞典』によれば、「人間らしさ」の意で「人気(ひとげ)ない振る舞い」という例文を載せ、その上で同辞典は「じんき」「にんき」「ひとけ」と読めば別の意、と親切にも補注をつけている。

《注1》 向田和子さんが当時開いていた喫茶店の名前。
《注2》 「ひとげ」という読みの見出しは、『岩波国語辞典』と同じ規模の小型国語辞典でも『新明解国語辞典』(三省堂)、『明鏡国語辞典』(大修館書店)、『三省堂国語辞典』、『現代国語例解辞典』(小学館)などには掲載されていない。ただし、中型の『広辞苑』(岩波書店)には収録されている。また『大辞林』(三省堂)は「ひとげなし」の形で載せ、「まともな人間の仲間にはいらない。人並みでない」の語釈を示している。