「間髪を容れず」は「かんぱつ……」ではない

(第207号、通巻227号)
    「すぐに」「即座に」の意の「間髪を容れず」《注1》という成句をどう読むか。会話でもごく普通に使う言葉だ。おそらく大半の人は「かんぱつをいれず」と言うに違いない。しかし、「かんぱつ」を国語辞典で引いてみても載っていないはずだ。
    正しくは、「かん、はつをいれず」と読む。「間」と「髪」の間に区切りを入れるのだ。辞書の中には、「間、髪を……」とわざわざ読点の「、」を入れて表記している例もある。つまり「間髪」という単語は、厳密にはないのである。3年前の当ブログで取りあげた「綺羅(きら)星」と同じ間違いである《注2》。「綺羅、星の如く」と区切るのが本来の用法だ。
    このような間違った区切り方を、言葉遣いの達人・井上ひさしは戯曲の題材に取りあげ、『国語事件殺人辞典』という作品の中で「ベンケイ病」とか「言語不当配列症」と名づけている。言うまでもなく、「弁慶がなぎなた薙刀)を振り回し振り回し……」を「弁慶がな、ぎなたを振り回し振り回し……」と読み間違えたという逸話をふまえたものだ。「べんけい読み」あるいは「ぎなた読み」とも言われる。
    区切り方を間違えて用いている成句はほかにも結構ある。「天二物を与えず(てん、にぶつをあたえず)」、「技神に入る(ぎ、しんにいる)」、「鬼面人を驚かす(きめん、ひとをおどろかす)」、「屋上屋を重ねる(おくじょう、おくをかさねる)」《注3》、「門前市を成す(もんぜん、いちをなす)」など。正しい読みをこう添えて書くと当たり前と思うかも知れないが、たとえば「門前、市を成す」に「もんぜんいち」とルビをふった文庫本もあるのである。
    「間髪を容れず」に話を戻し、『広辞苑』第6版(岩波書店)を引いて見ると以下のような語釈と解説が載っている。
  [ 間に髪の毛1本を入れるすきまもない。事が非常に切迫して、少しもゆとりのないことにいう。転じて、即座に、とっさに、の意。「間に髪を容れず」とも。冒頭の「間髪」を一語化してカンパツというのは本来誤り ]。    
    この種の間違いを「間髪を容れず」に指摘するのは難しい。なにより、自分自身が読み誤っていては気付くはずもない。


《注1》 「間髪を入れず」と書いたり、「間髪(を)置かず」ともいうが、中国の原典『文選』にある「間不容髪」に即していえば「……容れず」と書くのが正しいとされる。
《注2》 2007年12月5日付け「綺羅星という星はあるのか」
《注3》 「屋上屋を架す」も使われるが、『明鏡ことわざ成句使い方辞典』(大修館書店)によれば、本来は、屋根の下にさらに屋根を架ける意の「屋下の屋を架す」というのが正しい、という。