「方便」の本来の意味

(第215号、通巻235号)  
    民主党菅内閣の支持率の下落に伴い、政局が二転三転を続けている今となっては旧聞の観もないではないが、民主党政権の凋落を加速させた要因には幹部の不用意な発言、失言がいくつもある。その一つが鳩山前首相の「抑止力は方便」発言である。
    鳩山氏は、首相時代の沖縄の基地移設交渉について沖縄の新聞社とのインタビューで次のように述べた、と伝えられた。米軍普天間飛行場の県外移設を断念した理由として、自分が米海兵隊の抑止力を挙げたのは、「辺野古しか残らなくなった時に理屈付けしなければならず、『抑止力』という言葉を使った。方便と言われれば方便だった」と“告白”したのである《注》。
    この発言に野党は「沖縄県民、国民を愚弄するものだ」と一斉に反発し、各方面から批判が相次いだ。政権内からも北沢防衛相が「なかなか理解できない。私の長い人生の中でも一、二を争う衝撃的なこと」と述べるなど波紋を広げた。22日には地元の仲井眞知事が沖縄県議会本会議で「理解し難い表現と言わざるを得ない。極めて遺憾だ」と答弁するなど、余波は続いている。ある評論家は「方便」発言について「万死に値する」とまで表現した。
    確かに首相として交渉にあたった者の発言とは思えないが、当ブログの性格上ここでは「方便」という言葉に絞って取り上げたい。方便というと、ふつうは「嘘も方便」という形でしか使われない。少なくとも私はそうだ。この場合の方便は、「目的のために利用される一時の手段。また、その手段を用いること。てだて。たばかり。計略」(小学館『日本語大辞典』)という意だ。
    鳩山発言は「抑止力と表現したのは、言い繕うための便宜的な手段」といった意味合いで使われたのだろう。とすれば、各方面から激しい批判をあびるのは当然だ、と私などは「方便」の意味を改めて調べるなど思いもしなかったが、22日の沖縄県知事答弁を知ったのを機会に辞書・事典類に当たってみて驚いた。    
    「方便」とは、もともとは仏教に由来する言葉で、『日本大百科全書』によればサンスクリット語のウパーヤ(近づく、到達する意)の訳という。仏教の教えや実践がむずかしくて、一般の人々に理解しがたく実行しがたいのを、彼らを教え導いて、仏教に親しみ、仏教の本旨に到達させるために考案された巧みな手段を指すのだそうだ。
    それが後に俗語に転化し、「嘘(うそ)も方便」などと、目的に対して利用される便宜的な手段、過渡的な方法を言うようになった。日本語では必ずしもよい意味だけに用いられるとは限らない、という。
    しかし、『ことわざ成句使い方辞典』(大修館書店)では、悪事に結びつく嘘も時には許される意で使うのは間違いである、として「誇大広告で消費者をだますとは、まさに嘘も方便だね」という文例を挙げている。この文例に即していえば、鳩山氏の「県外移設」は始めから誇大広告だった、ということになる。


《注》 「沖縄タイムス」と「沖縄新報」の沖縄2紙とのインタビューでの発言。2月13日の沖縄新報の電子版によれば、米軍普天間飛行場の県外移設を断念した理由を「学べば学ぶにつけ、沖縄の米軍が連携して抑止力を維持していると分かった」と説明していた。