「こだわり」に「こだわる」と

(第320号、通巻340号)

    テレビの料理番組や旅番組で老舗の郷土料理店や人気のそば屋、ラーメン店などの紹介コーナーをのぞくと、「こだわりの味」、「ダシにこだわる」という言葉がしばしば出てくる。別にグルメ番組に限らない。「彼は文房具にこだわっている」とか「装丁にこだわった本作り」などと他の分野でも目にすることがある。いずれもプラス評価の意味合いだ。

    「こだわる」は漢字で「拘る」と書く。本来は「些細なことに心がとらわれて、そのことに必要以上に気をつかう。拘泥する」の意だ。「形式にこだわる」「彼は少々の事にこだわらない人物だ」などとつかう。マイナスイメージの言葉である。それが昨今は、冒頭に挙げた文例のようにプラスイメージで用いられることが多い。私の語感では許容できない語法のはずだったが、いつのまにやら流行りの新語法に染まっていたようで、自分でもふと「こだわりの一品か」など口走っていることがある。

    伝染力は国語辞典にも幅広く及んでいる。『広辞苑 第6版』では、本来の語義の後に「些細な点にまで気を配る。思い入れする」の語釈を加え、「材料こだわった」の例文まで添えている。手元にある他の辞典、「『明鏡国語辞典 第2版』(大修館書店)、『三省堂国語辞典 第6版』、『岩波国語辞典』(第7版)、『現代国語例解辞典 第4版』(小学館)も、そろってマイナスイメージの語義を併記している。小型辞典ばかりでない。中型の『大辞林』(三省堂)、『大辞泉』(小学館)までがそうなのである。

    「新しい用法」とか「近年」とかの断りをつけている辞書もあるが、あの『日本国語大辞典』第2版(小学館)もまた新語法を追認し、「(拘泥するの意、から転じて)ある物事に強く執着して、そのことだけは譲れないという気持を持つ」と載せ、市民権を与えているのには驚いた。

    ブログをここまで書いたところで、何かのヒントになるかと思い『新明解国語辞典』の編纂者、山田忠雄主幹の著書『私の語誌』(三省堂)を開いてみた。1巻目の「他山の石」編には目を通していたが、副題に「私のこだわり」とある2巻目の方は書棚に積んでおいたままだった。ところが、紐解いて打ちのめされてしまった。270ページの単行本1冊そっくりが「こだわり」という語について書かれたものだったのである。ともかく、これを読まずにこのブログを書き続けるわけにはいかない気がしてきた。で、今回はここでいったん休止し、続きは来週にさせていただくことにする。