「杮(こけら)落とし」の「杮」と果物の「柿(かき)」

(第319号、通巻339号)

    建て替え工事中だった東京・東銀座の歌舞伎座が4月に「;葺落興行」と銘打って新開場する。一般的に言えば「杮;(こけら)落とし」である。歌舞伎界ではスター中のスターの看板役者が相次いで亡くなる悲劇に見舞われたが、歌舞伎座の新装を機に再び元気を取り戻してほしいものだ。

    ところで、標題のクエスチョンに対する答えは? 実はこのテーマ、4年前に新常用漢字の改定案が公表された際に、新しく追加された196文字の一例として取り上げたことがある。それを覚えている方やもともと漢字に詳しい人にとってはきわめて易しい問だろう。

    答えは、ノー、つまり別字である。頭では知っている私の目にも、一見どころか、何回見直しても同一の漢字にしか見えない。パソコンのディスプレイ上で、フォントのポイント数を大きくしても区別はつけにくいのだが、「こけら」の方の漢字は8画、「かき」の方は一画多い9画なのである《注》。その違いはどこにあるのか。

     最初に、果物の「」の字をみてみよう。木偏の右側の旁(つくり)は、上部がナベブタ。市場の「京」や「交」の上の部分と同じだ。そのナベブタの下に「巾」という字が付いている。市場の「市」である。

     次に、こけら落としの「杮」を分解してみよう。左側の木偏は、果物の「柿」と同じだが、右側の旁が異なっている。“なべぶた”は、“なべぶた”に見えて、なべぶたではない。真ん中の縦棒が上から下まで突き抜けているのだ。漢和辞典によると、「ふつ」と音読みし、ひざかけ、まえだれ、の意という。

    で、本筋に戻ると、「こけら」と読む「杮」は、材木を削ったくず、の意。「杮落とし」とは、建築工事が終わって足場などの杮を払い落とすことから新築後行われる最初の興行、を意味するようになった。『明鏡国語辞典 第2版』(大修館書店)では、「柿(かき)」(9画)は別字、とわざわざ注記をつけている。


《注》 『新潮日本語漢字辞典』によると、両字は別字だが、JISの規格の1997年は、両者を同一字形とする見解をとっている。ATOK文字パレットの漢字検索では、果物の柿の方はJISが3341、Unicodeが“U+67FF”、こけら落としの方の杮についてはJISのコードは載っておらず、Unicodeも“U+676E”と別コードになっている。