「近いうちに」とはどのくらいの期間か

(第302号、通巻322号)

    今から45年前の11月、沖縄返還交渉で返還の期日決定をめぐり、「両3年以内」《注1》という表現の意味について激論が交わされたことがあった。時間の経過に関する言葉は、文脈、感情、心理、思惑などが交錯し、解釈が難しいことが多い。

    身近な例でいえば、乗っていた電車が突然急停車し、「信号が赤になったため止まりました。原因が分かり次第お知らせしますので、しばらくお待ちください」という車掌のアナウンスが流れることが時々ある。その後、5,6分で動き出す場合もあれば、10分経っても20分たっても止まったままのこともある。その間、「もう少々お待ちください」「あとしばらくお待ち願います」と車内放送があればまだいい方だ。あと10分程度なのか、あるいは早くても30分もかかるのか、メドが分からずイライラするケースもまれではない。

    野田首相が8月8日の自民・公明との党首会談で、衆院の解散・総選挙について、自公が消費増税関連法案に同意する代わりに「近いうちに国民の信を問う」と表明してから今月8日で3カ月。この間、「近いうちに」の意味をめぐって様々な解釈が飛び交った。麻生元首相などからは「社会常識としては『近いうちに』というのは2週間そこらが普通だ」との説も示され、一時は、早ければ9月8日に解散し、10月に総選挙という説まで出たほどだ。

    首相自身は衆院解散について「『近いうちに』という言葉を使ったのは事実。その解釈はいろいろな立場の声がある。発言の責任は重く感じている」としながらも、「特定の時期を明示的、具体的に示すのはふさわしくない」との一貫して明言を避けている。元々は、民主としては「近い将来」に、と自公に伝えていたが、自民から「『近い将来』がいつを指すのか分からない」と再回答を求められて「近いうち」に落ち着いた経緯があると解説する向きもある。

    確かに、「近い将来」に比べると、時期が近くなった気がしないでもないが、3週間後とか2カ月以内とか具体的に述べたわけでなく、どうとでも取れるきわめて巧妙な「政界用語」だ。英字紙も英訳に苦心したようだ。「デイリーヨミウリ記者のコレって英語で?」のサイト《注2》から引用させていただくと――

    当のデイリーヨミウリは“sometime soon”、英国のロイター通信は単に“soon”、英BBCは“in the near term”、米ウォール・ストリート・ジャーナルは“the near term”と対応が分かれた。ちなみに、日本の『新和英中辞典』(研究社)には「近いうちに」の英語として“in the near future” “pretty soon” “in a short time” “one of these days” “before very long”が掲載されている。

    元々、日本語には時間の経過を表す言葉が多い。近日中、のちほど、近いうちに、そう遠くない時期に、いずれ、近々、ほどなく、もうすぐ、ほどなく、そのうち、遠からず、ゆくゆく、など枚挙にいとまがない。その中でも「近いうちに」は多用性がある。ネットでも「近いうちのデート、ということだったら どんなに長くても1か月先だ。 短ければ1週間以内」「近いうちに飲みにいこう、と約束したら、3週間以内」という見方が紹介されていた。一方で「角が立たない断り文句」というクールな意見も。

    しかし、現実には、「角が立たない」どころか政争の具にもなっている。私自身の場合、「近いうちいっぱいやろうか」は1、2カ月先のつもりで言うことが多いような気がする。さて、あなたの見方は――。


《注1》 ブログ「壱参亭日常」によれば、当時の米側の文書には“with in a few years”と記録されているそうだ。(http://ameblo.jp/net13ttkk/archive2-201208.html

《注2》  http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/learning/english/20120830-OYT8T00814.htm