「政局になる」という新用法、辞書も追認

(第303号、通巻323号)

    今冬の木枯らし1号は、関東地方ではまだ吹いていない。が、東京・永田町には先週なかばから「解散風」が吹き始め、日ごとに強まっている。前回のブログで取り上げた「近いうち」が現実化してきたようだ。このような情勢が永田町用語でいう「政局になる」ということなのだろう。

   そもそも政局とはなんなのか。政局の「局」という漢字は、さまざまな意味を持つ。学問的に評価の高い白川静博士の漢和辞典『字通』(平凡社)には20以上もの語義が載っている。が、ここでは歴史的な古い意味は省いて煩雑さを避けるため、『日本国語大辞典』第2版(小学館)に従って、大きく次の6種類に分けてみた。
 1)いくつかに分けられた部分。くぎり。しきり。小分け。
 2)家の中の、しきって隔ててあるところ。部屋。つぼね。
 3)役所などの、事務の一区分。また、それを担当する部署。
 4)郵便局、電話局、放送局などの略称。
 5)囲碁、将棋、双六などに用いる盤。また、(その盤を使ってする)囲碁、将棋、双六などの勝負。
 6)さしあたっての場合、仕事、事柄。当面する事柄、仕事、状況

    分類を改めて見ると、語義の発展具合がよくわかる。「政局」という場合は、6)のうちの「状況」にあたる。だから「政局」は文字の上では「政治の状況」ということになる。『デジタル大辞泉』には、第一義として「 ある時点における政治の動向。政界の情勢」、第二義に「政党内・政党間の勢力争い。特に、与党内での主導権争い。多く、国会などでの論戦によらず、派閥や人脈を通じた多数派工作として行われる」とある。

    上記の第二義の用例として「政局になる」が添えられている。この「〜になる」は近年になって使われ始めた表現で、採録している国語辞典はまだ多いと言えない。が、変化の兆しは既に出始めており、しかも広がりつつある。規範意識の高い『岩波国語辞典』(第7版)は「政権担当者に関する動きの意にも使う」とまだ慎重な言い回しだが、『三省堂国語辞典 第6版』は「政変につながる状況」という語釈に続けて「政局になる」「政局にする」の用例を掲げている。

    ところが、今年1月に発行された『新明解国語辞典』第7版(三省堂)はさらに一歩踏み込み、次のような注を「運用」の欄に書いている。
 [政治家、報道関係者では「政局にする(なる)」の形で、政争を引き起こす(が起こる)の意に用いられ、首相交代や解散総選挙など、政界の勢力分野に影響を及ぼすような局面に言う]

    まさに現今の政治状況そのものだ。しかし、『新明解国語辞典』にしても、実は第7版の5年前の2005年1月10日発行の第6版には上述のような注はなかったのである。

    言葉は生きている。当然、変化もする。それに少し遅れて言葉、用法も変わる。辞書の編纂者は、言葉定着具合を見定めた上で追認し、語釈や用法を書き換える。十数年前には見られなかった「政局になる」という用法もその典型の一つと言える。

《お断り》 この11月14日号のブログは、13日(火)深夜に執筆し、毎週1回の「締め切り日(水)」にあたる14日午前1時16分に配信したものです。14日午後の党首討論の場で野田首相が「16日解散」を表明するとは想定外でしたので、ブログの文章と現実の動向との間にはタイムラグが生じる結果となりました。「政局になった」と過去形で表現すべきところでした。文の流れがおかしくなった一部の個所は手直ししましたが、全体的には一つの記録として原文通りのままとしました。ご了承ください。