「すごい速い」。辞書のスピードにびっくり

(第304号、通巻324号)

    先日、囲碁の同好の士と熱海に一泊してJR東海道線で大船に帰る途中、「快速だと、すごい速いね」という若者の言葉が耳に入った。各駅停車なら1時間と少しかかるのに、乗ったのが快速アクティだったので、ちょっぴりはやく55分で着いた。しかし、それを表現するなら「すごく速い」と言うべきだろう。

    形容詞を修飾する語は副詞か、形容詞の連用形(副詞用法)だ。「すごい」は形容詞の終止形・連体形だから、非常に速い、という意味で使うなら連用形の「すごく」というのが日本語文法の常識である。そう習ってきた私は、「すごい速い」という表現に“すごく”違和感を覚えた。その言い回しはしかし、かなり以前からよく使われていたようだ。

    言葉に関する新聞記事や雑誌のスクラップ、参考書、ネットなどで調べてみると、文化庁の国語世論調査では1996年度(平成8年)からこの表現を調査対象に取り上げている。NHKアナウンスルームのホームページ(2010年5月10日付け)「ことばの宝船」《注1》でも、文化庁の調査結果や東京・渋谷で聞いた話をもとに、「『すごく楽しい』と言うべきところを『すごい楽しい』と言う人が増えている。とくに若い人に目立つ。『すごく』は書き言葉のような硬いイメージがするので、会話には使わないのだろう」と解説。最近は一部の辞書に「“すごく”とすべきところを俗に“すごい”と言うことがある」と載るようになった、と述べている。

    まさかと思いつつ手元の国語辞典にあたったところ、掲載は一部の辞書に限らなかったので驚いた。
 ・『明鏡国語辞典 第2版』(大修館書店):話し言葉では、「すごい」を「すごく」と同じように連用修飾に使うことがある。
 ・『岩波国語辞典 第7版』:俗用ながら口頭語では「今朝はすごい寒い」など連体形を使うのが普通になった。
 ・『三省堂国語辞典 第6版』:連用形で「すごく」と言うべきところを俗に「すごい」と言うことがある。
 ・『新明解国語辞典第7版』(三省堂):「すごくきれい」を「すごいきれい」などと、「すごい」を副詞的に用いることがある。

    愛用している小型辞典の4冊が4冊とも、許容の程度の差はあってもそろって採録しているのだ。また、中型辞典でも、最新刊の『デジタル大辞泉』は「すごい」の副詞的な言い方を肯定的に扱っている《注2》。自分としては言葉の変化に敏感な方だと思っていたが、実際にはいかに視野が狭かったことか、反省しきりだ。

    
《注1》 URLはhttp://www.nhk.or.jp/kininaru-blog/55107.html

《注2》 『広辞苑 第6版』(岩波書店)には、「すごい」の副詞用法の記載はない。『大辞林 第3版』(三省堂)は、近年、くだけた言い方で「すごく」の代わりに「すごい」を副詞的に使う場合があるが、標準的でないとされる、と歯止めをかけている。これは今や少数派だ。