鷲は鷹と違うのか?

(第301号、通巻321号)

    英国の作家、マリ・デイヴィスの小説に「鷲の巣を撃て」 (二見文庫、ザ・ミステリ・コレクション)がある。英国の特殊工作部隊がナチス・ドイツヒトラーの暗殺を企てるという筋書きで、史実にフィクションを巧みに織り交ぜた傑作といわれる。

    中欧5カ国周遊の旅の途中、その小説の舞台にもなったケールシュタインハウスをひょんなことから訪れることになった。英語で“Eagle‘s nest”(「鷲の巣」)と呼ばれたヒトラーの別荘だ《注1》。オーストリアとドイツの国境のケールシュタイン(標高1881メートル)の山頂直下に建つ。このブログで取り上げるのは、小説の紹介でも批評でもない。「鷲」の定義についてである。

    ツアーの一行の何人かの間で、鷲は「鷹」と同じ種類の鳥かどうかが話題になった。私は、鷲と鷹は近縁ではあるが別の鳥、と頭から思い込んでいたので、魚のヒラメとカレイの関係《注2》みたいなものでないか、と口をはさんだが、その場はウヤムヤのまま終わった。後で持参の電子辞書にあたり、帰国後も百科事典などで調べてみて、自分の無知を思い知らされた。鳥類の分類上は鷲も鷹も同じ「タカ科」の猛禽(きん)類なのである。

    『ブリタニカ国際大百科事典』(電子版)には「ワシは、タカ目タカ科のうち、比較的大型の種をいい、小・中型種はタカという」とあり、「この分け方と名称は分類学的なものではなく、あくまでも日本における古くからの慣習に従ったもの。それゆえ、大型の種すべてeagleという英名で呼ばれているわけではない」と明快に説明している。逆に言えば、ワシの中には英名でhawkと呼称されるものもあるということになる。

    事典によっては、「ワシタカ科」と記述しているのもあるが、ワシとタカの区別は大きさによる、という点では一致している。両者を分ける大きさの基準は必ずしもはっきりしない。一般的には、ワシは全長が90センチ以上、タカは一回り小さく50〜60センチほどというのが常識的な目安か。ちなみに季語は冬という。

    ワシは、その大きさ、飛翔(ひしょう)力、雄姿から鳥の王者とされてきた。『英語イメージ辞典』(三省堂)には、「天のすべての神の象徴として上昇力、精神力、勝利、誇りなどをあらわす」などと最大級の形容で説明されている。『日本大百科全書』(小学館)によれば、古代から王権の標章とされ、神聖ローマ帝国などの双頭のワシ、十字軍のイヌワシなど、紋章・軍旗に用いられた、といわれる。

    現在でも、野球のチームや軍艦、兵器などの名前にも使われている。沖縄配備をめぐってこのところマスコミで問題になっている米軍の垂直離着陸輸送機の「オスプレイ」とい名前もタカの一種、大きく括ればワシの仲間だ。日本語では「ミサゴ」という。

    話を冒頭に戻す。それにしても、力の源泉のシンボルとして米国の国章にもなっているeagleをなぜ連合国の敵の総大将の別荘の名にしたのか不思議でならない。


《注1》 ヒトラーの50歳の誕生日祝いに建てられた。内部は現在、レストランに改装され、ムッソリーニがプレゼントした大きな暖炉が残っている。チロルの山々や眼下にケーニッヒ湖を望むすばらしい景観に定評があるが、私たちが訪れた日はあいにく雨。一瞬の晴れ間に湖らしきものが目に入ったが、山頂から見えたのは山水画のような雲海ばかりだった。

《注2》 「左ヒラメに右カレイ」という言葉があるように、目が左側にあるのがヒラメ(カレイ目ヒラメ科)、右側にあるのがカレイ(カレイ目カレイ科)。ワシとタカの対比ならクジラとドルフィンの喩えの方がぴったりだ。もちろん、大きい方がクジラだ。