「うまっ」「すごっ」は古くて新しい用法

(第278号、通巻298号)

    「お袋の味」は年齢があがるにつれて懐かしさが増すもののようだ。30代の半ばを過ぎた長男は、大型連休などで妻子と共に来宅した折には、自分の母親の手作り料理を口に運ぶたびに「うまっ!」を連発する。もちろん「旨い」という賛辞の意味だ。他の会話もよく聞いてみると、「うまっ」だけでなく、「すごっ」「からっ」あるいは「さむっ」(寒い)、「いたっ」(痛い)などとも言っている。形容詞の語尾の「い」を省略し、促音の「っ」を添える。促音をつけないことも多い。

    文化庁が昨年行った「国語に関する世論調査」によれば、このような「形容詞の語幹を使った言い方」について多くの人は抵抗感なく受け入れているという。調査結果を報じた2011年12月5日付け朝日新聞の文化面は、「『すごっ』ツッコミ語、全国区」の見出しの下に、10年以上前からテレビのお笑い芸人のトークで「高っ」「早っ」「長っ」短っ」「気持ち悪っ」などと驚きを伴ってよく使われてきたと指摘。主に関西で発達した表現法が最近になってお笑い芸人を通じ、全国的に広まったのだろう、と解説している。

    この語法、てっきり、最近になって流行り始めたのかと思っていたが、歴史的には奈良時代からある古い用法で、感動した時や驚いた時の形容詞、形容動詞にみられるという。高校の国語教師の経験がある友人の話によると、受験国語では、古典文法の形容詞語幹用法として、1)感動終止法 2)連体修飾法 3)名詞的用法 4)原因・理由を示す法、の4つがあるという。これまで挙げた用例は 1)に該当することになる。要するに、形容詞の語幹だけ単独に用いて、驚きや詠嘆を表すのに使われるのである。

    古文でよく引かれる例文に「あなかま」がある。「あな」は感動詞、「かま」が「囂(かま)しい」(やかましい)という形容詞の語幹。2語あわせて「ああ、なんと騒々しいことよ」の意になる。「しっ、静かに」などと人声や物音を制する時にも用いられる。

    形容詞語幹用法としては松尾芭蕉が日光を訪れた時に詠んだ句も有名だ。
       
          あらたふと青葉若葉の日の光

    冒頭の「あらたふと」は、この5文字で単独の言葉と独り合点していたが、実際には「あら」は感動詞、「たふと」(とうと)は形容詞「尊し」の語幹の2語からなる。「あら」は「ああ」「なんと」という驚きの表現。句全体としては「ああ、なんという尊いことだ。この山の青葉・若葉は、初夏の陽光ばかりか、日光山の威光に浴して、照り輝いている」という意味になる、と角川文庫の『おくのほそ道』は解説している。

    国語学者の中には、「形容詞語幹単独用法」と命名して論文《注》を発表している人もいる。その論考の中で、論者は、イントネーションについても考察し、「語幹単独用法」は語頭が低く、語末が高くなる」と指摘している。「うまっ」なら「う」が低く、「ま」が高くなるということだ。個人的な感覚で言えば、ただし、この用法は語幹が2拍の場合なら語調もよいが、3拍以上だとちょっと不自然な気がする。

    現代日本の“若者ことば”が、実は奈良・平安の昔からごく普通に使われていた用法とは、私にとっては驚きの発見だ。「温故知新」の“真逆”である。


《注》「形容詞語幹単独用法について――その制約と心的手続き――」冨樫純一(筑波大学)(http://www.ic.daito.ac.jp/~jtogashi/articles/togashi2006c.pdf