「このラーメン、やばい!」。食べるべきか否か

(第201号、通巻221号)
    ある言葉についてプラス・イメージの意味でとらえるか、マイナス・イメージでとらえるかで、世代がくっきり分かれる。そんなリトマス試験紙のような言葉の一つに「やばい」がある。
    私の世代では、「やばい」といったら「危険だ。まずい」の意が常識だ。リトマス試験紙を使うも使わないもない。ところが、つい先日、ひょんなことから考えてもいなかったプラスの意味があることを知って驚いた。『明鏡国語辞典』の編著者らが執筆している『続弾!問題な日本語』(大修館書店)に、以下のような例が紹介されていたのだ。
  【最近、若者の間で「やばいよ、この味」のような言い方がなされている。別に、腐って食中毒を起こしそうな味ということではない。同じ場面で「やっべ、これ、うっまー」などとも使われるように、おいしさが際だっていることを表している。中略……。ほめ言葉に使う「やばい」は「感動して自分がやばくなるほどだ。自制がきかなくなってしまいそうだ」という意味だろう】
    このリトマス試験紙の試料代わりの例文には、なぜかラーメンが似合うようで「このラーメン、やばいっ」が使われる。食べてみたら意外に旨いという誉め言葉としての用法だ。ただ、当の『明鏡国語辞典』の「やばい」の項には、プラス・イメージのへの意味の転用はまだ採録されていない《注》。掲載されているのは「自分に不利な状況が身近に迫るさま」という本来の語義だけだ。
    辞典に見出しを立てるかどうかは別として、「やばい」の新用法については日本語の専門家の間では、つとに注目されていたようだ。『日本語の化学変化』(日本文芸社岩松研吉郎著)には「『やばい』は本来、『危ない』という意味で、まさにやばい筋の人たちが使う隠語だった。(中略……) しかし、現在、若者の一部ではまた別な意味で使われているようで(中略……)」と問題提起し「カッコイイ・おしゃれ」と具体的に挙げている。
    また、辛口の日本語エッセイで有名な高島俊男著『お言葉ですが…』シリーズの第11巻(連合出版)にも「『ヤバイ』ってのは「あぶない」の意の俗言だと思っていたら、このごろの若い者はこれを『よい』『すばらしい』の意味に使うんだそうだ」と下記の「平成16年度 国語に関する世論調査」の結果の一部を皮肉たっぷりに紹介している。
    文化庁が5年前の7月に発表した、この調査の中に「『とてもすばらしい(良い、おいしい、かっこいい等も含む)』という意味で『やばい』と言うか」という質問項目があるのだ。その結果によると、回答者全体では「ある」と答えた人が18パーセント、「ない」が81パーセントだった。注目すべきは、「ある」と答えた人の世代別割合である。
    男女とも10代から20代までは「やばい」をプラスのイメージで使っており、30代以上になるとがくんと下がる。たとえば、16歳から19歳では70パーセント前後にもなるのに対し、50歳以上は10パーセント前後しかいない。言い換えれば、30歳が分水嶺になっているのである。調査から数年経っていることを考慮すると、分水嶺は現在の30代半ばということになる。


《注》 この語に対する国語辞典の扱いは、実に様々なので、次回のブログで取り上げてみたい。