「時を分かたず」は辞書を「分かつ」

(第275号、通巻295号)

    国の特別天然記念物「トキ」のひなが生まれたというニュースから「時」を連想し、数年前に「時」の慣用句をテーマに書いたブログを思い出した。文化庁の「国語に関する世論調査」が「時を分かたず」の意味を尋ねたアンケートに対し、若干、批判的に取り上げたことがあるからだ。

    今回のブログは、それにほんの少し手を加えた再録になる。私がその「国語世論調査」で意表を突かれたのは、「事件の後には、時を分かたず、厳重な警備が行われた」という例文を添え、a)すぐに b)いつも、のどちらの意味かを問う問題だ。
    
    「時を移さず」や「時を置かず」という慣用句の連想から私はa)の「すぐに」が正解と思った。調査でも、a)の答えが67パーセントを占めた。ところが、文化庁が、本来の意味としていたのは、b)の「いつも」だった。調査での正解率はわずか14パーセントに過ぎなかったという。
    
    正答率が低かったのは、当然だろう。例文、解答も含め設問自体が適否かどうか論議のあるところだからである。実は、辞書でも、この「時を分かたず」という慣用句を掲載しているものはそう多くはない。日本一の収録語数を誇る『日本国語大辞典』第2版(小学館)の「時」の項には、「時を争う」「時と場合」など107もの子見出しが列挙されているのだが、「時を分かたず」は見当たらない。念のため似た言葉の「時分かず」も調べてみたが、こちらの語義は「定まった時がない。いつと、きまっていない。季節の区別がない。いつでも」とあり、世論調査の模範解答のb)ともニュアンスが相当違う。
    
    岩波書店の『広辞苑』第6版や、もう一つの代表的中型辞典『大辞林』第3版(三省堂)にも「時を分かたず」は収録されていない。
    
    そんな中で『明鏡国語辞典』(大修館書店)は「時を分かたず」を収録している珍しい例だ。語釈も「時の区別がない意から、いつも。常に。時を分かず」と調査の模範解答に沿っている。『日本語大辞典』(講談社)は言葉自体は採録しているものの、語釈は「決まった時に、ということではなく、時を選ばないで。時を定めず」としている。「時を分かたず豪雨が襲う」を用例に挙げているが、「いつも」の語義にはそぐわない。
    
    『三省堂国語辞典』第6版には、「どんなときでも。時を決めないで」という語釈が載っているが、ニュアンスは少々違う。また、2年前に刊行されたばかりの『てにをは辞典』(三省堂)というユニークな“連語辞典”にも「時を分かたずに実行に移す」という用例が挙げられているが、それこそ「時を分かたず」使われる言葉とは言えない。掲載している辞書も限られ、しかも意味が必ずしも一定していない。この種の調査の設問に選んだのは適切とは思えない。