「時を分かたず」は「いつも」使わない

(第144号、通巻164号)
    この前から取り上げている文化庁の「国語に関する世論調査」平成20年度版では「時を分かたず」も意表を突かれた設問の一つだった。「事件の後には、時を分かたず、厳重な警備が行われた」という例文を添え、a)すぐに b)いつも、のどちらの意味かを問う問題だ。
    「時を移さず」や「時を置かず」という慣用句の連想から私はa)の「すぐに」が正解と思った。調査でも、a)の答えが67パーセントを占めた。ところが、文化庁が、本来の意味としていたのは、b)の「いつも」だった。調査での正解率はわずか14パーセントに過ぎなかったという。
    正答率が低かったのは、当然だろう。例文、解答も含め設問自体が適否かどうか論議のあるところだからである。
    実は、辞書でも、この「時を分かたず」という慣用句を掲載しているものはそう多くはない。日本一の収録語数を誇る『日本国語大辞典』第2版(小学館)の「時」の項には、「時を争う」「時と場合」など107もの子見出しが列挙されているのだが、「時を分かたず」は見当たらない。念のため似た言葉の「時分かず」も調べてみたが、こちらの語義は「定まった時がない。いつと、きまっていない。季節の区別がない。いつでも」とあり、世論調査の模範解答のb)ともニュアンスが相当違う。
    岩波書店の『広辞苑』第6版や中型辞典のもう一つの代表格『大辞林』第3版(三省堂)にも「時を分かたず」は載せられていない。
    そんな中で『明鏡国語辞典』(大修館書店)は「時を分かたず」を収録している珍しい例だ。語釈も「時の区別がない意から、いつも。常に。時を分かず」と調査の模範解答に沿っている。『日本語大辞典』(講談社)も言葉そのものは採録している。しかし、語釈は「決まった時に、ということではなく、時を選ばないで。時を定めず」としている。「時を分かたず豪雨が襲う」を用例に挙げているが、「いつも」の語義にはそぐわない《注》。
    文化庁によると、「国語に関する世論調査」平成20年度は,「日本語を大切にしているか,人とのコミュニケーションについて,読書について,情報機器と言葉についてなど,国語に関する一般の人々の意識を調査するとともに,(中略)慣用句等の言い方・意味について調査した」という。
    前々回のブログの題材にした「破天荒」などは、確かに調査の目的に合致した良問だったと思うが、今回の「時を分かたず」の場合は、ふだん「人とのコミュニケーション」に用いられないような言葉だ。掲載している辞書も限られ、しかも意味が必ずしも一定していない。この種の調査の設問に選んだのは適切とは思えない。


《注》 『角川必携古語辞典』では「時分かず」の語義として「時を選ばない。四季の別なく」と説明している。