「采配」は「振るう」のではなく「振る」

(第143号、通巻163号)
    スポーツの監督などの指揮ぶりを表現する時、「采配を振るう」とよく使う。この間の日曜夜のNHKスペシャル「ONの時代 第2回 スーパーヒーローの終わりなき闘い」でもナレーターが長嶋茂雄の監督時代を振り返る場面で「セオリーを無視して采配を振るうようになった」と語っていた。ほんの3週間前までの私ならこのナレーションになんら違和感を覚えなかったはずだ。
    きっかけは、今月初旬に発表された文化庁の平成20年度「国語に関する世論調査」の結果だった。この調査の設問と模範解答《注1》は、辞書マニアにとっては刺激に富んでいた。教えられる点が多々あると同時に、論評の対象にすべき点も少なくなかった。今回取り上げる「采配」は、前者の例に入る。采配は「振るう」のではなく「振る」のが正しいというのである。
    世論調査の問題の一つにこうあった。「チームや部署に指示を与え、指揮すること」を a)采配を振る b)采配を振るう、のどちらの言い方をするか、と尋ねたものだ。a)と答えた人が28パーセント台だったのに対し、b)としたのは 58パーセントも占めた。問われたら私もまたb)と答えたに違いない。語尾に「う」が付くか付かないか、の違いなのだがしかし、設問作成者が「本来の言い方」という形で正解としているのはa)の「采配を振る」である。
    そもそも采配とはなにか。『大辞林』第3版』(三省堂)には「武将が士卒の指揮に用いた具。白紙や朱塗り、箔(はく)置きなどをした犬の革などを細長い短冊状に切り、柄の先につけたもの」とある。『広辞苑』の語釈も「軍陣で、大将が打ち振って士卒を指揮するのに用いた具。厚紙を細く切って総(ふさ)をつくり、これに柄をつけたもの。転じて、指図。指揮」と大同小異だ。
    この道具を振って部下に指図したことから「采配を振る」という言い回しが生まれたのだろう。『明鏡ことわざ成句使い方辞典』(大修館書店)に挙げられている例文には、「首相自ら采配を振るう」「家事については祖母がまだ元気に采配を振っている」「監督して20年も采配を振っているベテラン」などがある。
    今では、例えば音楽でも指揮者について「今度の○○合唱団を振るのは誰?」とか「彼が振る『田園交響楽』は素晴らしい」とか、と用いられる。この場合、「振る」の前に指揮棒という語が省略されているので、「指揮棒を振るう」とするのは確かにおかしい。
    そう考えると、采配は、「振るう」ではなく「振る」と言うべきなのだろう。あるいは、単に「采配する」「采配をとる」という言い方もできる。しかし、「采配を振るう」の方は、広く認められているとは言い難い《注2》。前述の『明鏡ことわざ成句使い方辞典』は「誤用」の欄で「近年、『采配を振るう』が増えているが、誤り」と断定しているほどだ。


《注1》 前々回の当ブログ(9月16日付け)では、この調査から「破天荒」を取り上げたばかりだが、他にも興味ある結果が載っているので、また紹介したい。
《注2》 実は「采配を振る(う)」の形で容認している国語辞典もある。また、新聞社の最近の用字用語辞典で特段の注もなく「采配を振る」と同列に扱い始めた例もあるが、今のところは例外的な存在だ。