「出精値引き」とは

(第247号、通巻267号)

    自分の住む団地内の施設の修繕工事をめぐる契約交渉で、「しゅっせいねびき」と耳にした時は、「出世払い」の聞き間違いかと一瞬思った。その場の状況と話の流れからすぐに意味はおおよそ推測できたが、「しゅっせい」とはどんな字を書くのか見当がつかなかった。

    その字が「出精値引き」とわかった後も、「値引き」になぜ「出精」と付くのかが不思議だった。「出精」は文字通り「精を出して事に励むこと。精励」(『広辞苑』)の意だ。私の親の代は、朝早くから働いている近所の人などに「ご精が出ますね」などと声をかけていたものだ。しかし、請け負った工事を一生懸命するから値引きする、というのでは意味が通らない。

    そこで頼りは辞書だ。さっそく手元にある愛用の一冊『新明解国語辞典』(三省堂)にあたってみた。「出精」の見出しの語釈には「一生懸命に仕事をすること、の意の老人語」と出ていたが、「出精値引き」は載っていない。『三省堂国語辞典』には「出精」すら見出しになかった。『明鏡国語辞典』(大修館書店)には「出精」の見出しはあったものの「出精値引き」は載っていない。小型の国語辞典で扱っていたのは、意外にも『岩波国語辞典』だった。「精一杯の奉仕として値引きする意で、見積書の値引き額の所に記す言い方」とあった。

    これでほぼわかった。念のため、土木・建築関係、不動産関係の知人に訊いてみたところ、こんな例を出してくれた。1000万円の予算の事業に対して業者の見積額が1085万円になったとすると、発注者としては端数の85万を丸めて1000万円にほしいところだ。それで契約が成立するなら、と業者側が折れて1000万円で手を打つ。この場合、85万円が出精値引きの額だ。

    業界によっては、「ぎりぎり身を削った額なので、これ以上の値引きは勘弁してほしい」という意味や「この値引きは今回限りですよ」というニュアンスを含んだ言葉だという。見積もり側の努力を強調していう語にほかならない。現実のビジネス社会では、商取引に疎い私が言うのも妙なことだが、見積額は業者側がはじめから出精値引きの額をある程度織り込み済みで出してくるのが普通なのかもしれない。