平均寿命と平均余命の違い

(第186号、通巻206号)
    「人間五十年、下天のうちをくらぶれば夢幻の如くなり」。織田信長が好んで舞ったという能の「敦盛」の一節。出だしを「人生五十年」と言うこともあるが、27日付けの朝刊各紙が報じるところによれば、現代日本人の平均寿命は、女性86.44歳、男性79.59歳。厚生労働省が毎年発表している「簡易生命表」に基づくデータ(2009年版)だ。女性は25年連続で長寿世界一という。
    この「平均寿命」のニュースで誤解しがちなのが、「平均余命」との混同だ。平均寿命というのは、生まれたばかりの赤ちゃん(零歳児)がとくになにもなければ、ここまで生きるであろうと予測された年月のことである。一方、平均余命というのは、ある年齢の人々がその後平均して何年生きられるかを示した数字を指す《注》。言い換えれば、零歳児の平均余命を平均寿命と呼んでいるわけだ。年齢が上がれば、平均余命も変わる。
    だから例えば、70歳の男性が、「日本人の平均寿命が79.59歳になったと新聞に載っていたから、自分の残りの人生はせいぜいあと10年弱。80歳の傘寿を超えるのは無理か」と考えるのは間違いなのである。2009年版「簡易生命表」のデータに従えば、70歳の男性の平均余命は15.10歳。つまり、データの上では70+15.10=85.10、計算上は85歳ちょっとまで生きられる。70歳の女性の場合だと平均余命は19.61歳だから90歳近くまで長生きできる計算になる。もちろん、あくまでも「平均」すれば、という前提での話だ。
    生命保険の保険料は、この平均余命の一覧表を基にして算出されている。「余命」とは『広辞苑』によれば、「残りのいのち。これから先死ぬまでの生命。余生」であるが、「余命いくばくもない」などと使われることが多いのであまりいい響きはしない、と感じる人もいるだろう。しかし、見方を変えれば残りの人生の長さ、つまり寿命の延びを示している、とも言えるわけだ。
    ちなみに、江戸時代の平均寿命は30歳代だったと推定されている。信長の「人生50年」より短命だったのである。近代にはいっても、大正時代の終わり頃の平均寿命は男性42歳、女性43歳。戦後間もない昭和22年の統計だと、男性50歳、女性54歳。2009年の「簡易生命表」に当てはめると、50歳の男性の平均余命は31.51歳だから計算上は80歳以上生きられることになるが、いずれにしろ、女性の方が男性よりも長生きするようだ。


《注》 『日本大百科全書』では、「ある年の男女別にみた年齢別死亡率が将来もそのまま続くと仮定して、各年齢に達した人たちが、その後平均して何年生きられるかを示したものを平均余命(よめい)mean expectation of lifeといい、出生時、つまり0歳時の平均余命をとくに平均寿命という。(中略)ちなみに、第二次世界大戦前に作成された最後の生命表である第6回生命表(1935〜36年調査)によると、男46.92年、女49.63年であった」と説明している。