「普通においしい」の用法

(第187号、通巻207号)
    打ち合わせ、暑気払い、ノミュニケーション……。酒好きの人間には飲む口実は事欠かない。先日、知人と食事がてら催した「勉強会」も生ビールで喉を潤しながらだったが、幹事役が完全な下戸(げこ)とあって、会食の場はいつものような居酒屋ではなく小懐石料理の店。料理の味はどうだった?と尋ねられて「普通においしかった」と答えれば、今どきの若者風の感じに聞こえる。
    「普通」という語は、改めて辞書を引くまでもなく、「ごくありふれていること。通常であること」「一般に、それが標準であること」(小学館現代国語例解辞典』)の意。この語義を、上に挙げた懐石料理の感想にそのまま機械的に当てはめれば「ごくありふれた味」、言い換えれば「可もなく不可もなし」ということになるが、それだと実は、意を尽くしているとは言い難い。
    生きのよい現代語辞典を標榜する『三省堂国語辞典』第6版は、「俗」と断りながらも「普通に、の形で『ごく自然に考えて。わりあいに』」の用法を載せ、「普通においしい」の例文を挙げている。「並」より上を示すホメ言葉だが、さりとて格段に旨いというほどではない、といった感じだ。あえて不等記号を使って表すと――
  すごくおいしい>かなりおいしい>普通においしい≧おいしい>普通>あまりおいしくない>まずい、という順になるかもしれない。
    ところが、「普通に〜」は必ずしも程度を表すだけの言葉ではない、という意見もある。『明鏡国語辞典』(大修館書店)の編者グループが執筆している『続弾!問題な日本語』(同)がそのあたりの意味合いを微妙な言い回しで説明している。
    同書によれば、「普通においしい」は 1)「お世辞ではなく、おいしい」という積極的な賞賛を表すのにも使われるようだ 2)この場合の「普通に」は「おいしさ」の程度ではなく、お世辞ぬきの、素(す)の判断であることを表している、と記述。さらに続けて、「正直なところ」や「率直なところ」と重なる用法だ、とも解説している。私見では、この用法が含意するところは単なる賞賛だけでなく、意外性という点もあるように思う《注》。
    本来の使い方からはかけ離れているので、この語法を採録している国語辞典は他にはまだないようだ。私自身は3、4年前、息子に意味を尋ねて初めて知り驚いたのだが、よく耳をすませば「あそこの焼き肉屋、ふつうにうまいよ」などという具合に昨今の若者はごく普通に使っている。しかも、最近では「ふつうに楽しい」「普通に面白い」「普通にすごい」と用いる範囲が広がり、その意味も場面や文脈により微妙な違いがみられるようだ。
    話を戻して、冒頭の懐石料理屋はどうだった?と私に問われるのであれば「なかなか乙な味でした」。まぁ、年相応の普通の答え方だろう。


《注》 例えば、定年退職した夫が新聞の料理記事のレシピ片手に、肉じゃがを作った、としよう。たいしたモノができるはずはない、と思っていた家族がいざ口にしてみたら結構いける。そこで「すごい!普通においしいよ」とホメるのは、意外性が込められた賞賛の用例と言えまいか。