「ご返事」か「お返事」か“相乗り語”余話

(第265号、通巻285号)
    
    前号からの続きの今回をもって再録シリーズの最後としたい。「お誕生」「ご誕生」のように、「お」も「ご」も使える単語はそう多いわけではないが、少しずつ増えつつあるように見える。前回のブログの末尾でも紹介した、このような「相乗り」語には規則性があるのだろうか。私が調べた限りでは明確な基準はないように思われるが、ある傾向はうかがえる。「ご」→「お」、「ご」=「お」の移行である。
    
    冒頭に例を引いた「誕生」は漢語だから基本ルールからいうと「ご誕生」となるべきであり、「お誕生」はありえなかったはずだ。しかし、現実には「お誕生日、おめでとう」とか「お誕生会」とかなどとごく日常的に使われており、なんの違和感も覚えない。「祝辞」「勉強」「年始」なども「お」と「ご」の両用を耳にする。
    
   「ご」が、尊敬を表すことが多いのに対し、「お」は、尊敬はもちろんのこと、美化や冷やかし、皮肉、あるいは幼児語としても使われるなど用途が幅広い。
    
    「(子どもに)お勉強はもう済んだの?」、「お受験」、「お金はいくらあっても足りない」などの「お」は美化語。「お姫さま」は文脈によっては美化語にもなり、皮肉にもなる。「あの人は職場のお荷物だからね」となると皮肉や軽蔑が込められた感じがする。「〜ちゃんのお家はどこ?」、「お手々をつないで」、「お片づけしましょう」、「お船」などは幼児語の部類に入る。
    
   「お」が付くと、意味が変わる場合もある。単なる「笑い」に「お」を冠して「お笑い」にすると落語の意味になる。「握り」と「お握り」ではえらい違いだ。「題目」を「お題目」と言えば、実質的な内容を伴わない口先だけの主張、ということになる《注1》。
    
    概して言えることは、漢語であってもすっかり日本語になじんだ単語には、「ご」ではなく「お」が使われ、「お電話」「お菓子」「お料理」などの語が頭に浮かぶ。大修館書店の『問題な日本語』で編者の北原保雄筑波大名誉教授は「『礼状』『加減』『食事』『時間』『返事』などが『お』になるのは、これらの語が親しみやすい日常語で、和語とあまり径庭《注2》のない使われ方をされる語だからではないか」と述べている。
    
   これまで述べてきたことは名詞に関してだが、和語については「お」が冠せられるというルールは守られている。形容詞、形容動詞になると、例外がないわけではない。その典型が「ゆっくり」だ。いくら和語でも「おゆっくり休んでください」という人はいまい。誰しも「ごゆっくり」という。「ごもっとも」や「お気軽に」もそうだ。
    
   その理由については、前述の北原名誉教授も同書の中では明確にしておらず、「ルールを守ることが基本ですが、慣用や言いやすさに配慮して、使い分けよう」と述べるにとどまっている。
    
   最後に、ブログのタイトルに即した例文を挙げて締めくくろう。「明日までにご返事ください」(返事をするのは相手)。「明日までにお返事いたします」(返事をするのは自分)。


《注1》 ただし日蓮宗では、「南無妙法蓮華経の七字のこと」を意味する(三省堂新明解国語辞典』第7版)。
《注2》 「径庭」(けいてい)とは、小学館現代国語例解辞典』によれば「二つのものが大きくかけ離れていること、隔たり」の意。