妻がそばにいては「あずましくない」?

(第163号、通巻183号)
    
    札幌に単身赴任していた年下の友人が東京に戻ったので、内輪で歓迎会を開いたところ、ほかにも北海道勤務経験者・東北出身者がいたこともあって北海道弁の話題で盛り上がった。「ゴミを投げる」「手袋をはく」「ゆるくない」など、これまで当ブログで扱った言葉以外にも「はんかくさい」「あずましくない」「いたましい」などが酒の肴になった。
    
    これらの方言の中で、私がもっとも味のある言葉だと思うのは「あずましくない」だ。「なにかしら落ち着かない、しっくりしない、違和感がある」といった意味で使われる。たとえば、初めての旅館やレストランに入った時。席についたのに、建物の造りか部屋の雰囲気のせいか分からないが、なにかしっくりせず、居心地が悪く、落ち着いた気持ちになれないという感じだ。英語で言えば、uncomfortableという単語がぴったりくる。
    
    日本語で「〜ない」、英語でも「un〜」と否定形なので、当然、肯定形の語幹がある。「あずましい」(英語だとcomfortable)だ。意味は、「落ち着く、しっくりする、居心地がいい」となる。子供の時に耳から覚えたことばなので、どんな表記をするかこれまで考えたこともなかったが、ブログに取り上げるにあたって辞書やウェブでいろいろ調べていて「吾妻しい」という書き方があるのを知った。 
    
    我が妻がそばにいるような居心地のよさ、が語源という。それにあやかってか、群馬県の旧吾妻町(現、東吾妻町)を中心とした吾妻郡では、「あずましい吾妻を目指して」と県のホームページ《注》で地元をPRしている。
    
    また、「物事を上手にこなす」という意味の古語の「あずまう」が語源という異説もある。『岩波古語辞典』など手元の古語辞典2、3冊にあたってみたが、単語そのものが載っていない。あきらめかけていたら『日本国語大辞典』第2版(小学館)に「あずまう(あづまふ)」があった。語義として「思慮をはたらかせて、事のよしあしを見分ける。分別する。わきまえる」とあり、「弁」という漢字1字で「あずまう」と読ませている。字面からしてどうも北海道弁の「あずましい」とは意味合いが違う感じがする。
    
    とすれば、少なくとも表記としてはひらがなの「あずましい」か漢字を充てるなら「吾妻しい」の方が語感に合う。ただ、私が北海道で過ごした少年時代(もちろん独身)は、「あずましい」という肯定形よりもっぱら「あずましくない」という否定形が使われていたような気がする。妻がそばにいては落ち着かない、ということではないだろうが……。
      
《注》 群馬県のホームページ(http://www.pref.gunma.jp/cts/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=40759