「々」「〃」「ゝ」は漢字か?読み方は?

(第114号、通巻134号)
    
    前回は、読み方が一番多い漢字として「生」を取り上げたが、実をいうと「生」よりはるかに多様多彩で何通りにも読み方のできる‘表記’がある。標題の「々」「〃」「ゝ」などの一群である。
    
    踊り字とか畳字(じょうじ)とか重ね字あるいは送り字などとも呼ばれるが、厳密には‘文字’ではない。記号である。『新版 日本語学辞典』(桜楓社)によれば、同字同語の反復のために用いられる「繰り返し符号」だ。本来は中国で行われたという。日本語における繰り返し符号として同辞典には5種類挙げられているが、現代では「々」以外はできるだけ使用しないことが望ましいとされている《注1》。
    
    漢字ではないので、踊り字自体に特定の独立した読み方があるわけではない。「々」を例にとると、地名の「代々木」の「々」は「よ」であり、苗字の「佐々木」の場合だと「さ」、「赤裸々」は「ら」、「個々」は「こ」と読む。「渋々」、「喜々として」のような例もあれば、熟語の「明々白々」の「めい」と「はく」、「正々堂々」の「せい」と「どう」、「後手後手」の「ごて」のような例、あるいは「時々」の「々」が「どき」に、「近々」の「々」が「ぢか」と読むように清音から濁音に変わるケースもあるが、2文字目以降の漢字を代用するという基本的な機能は変わらない。トランプなどのワイルドカードのようなものだ。まさに変幻自在の分身の術を持っていると言える。
    
    この変身の術を身につけた「々」という記号は、印刷業界などでは「ノマ」とも呼ばれる。「々」を左側と右側の二つの部分に分解するとカタカナの「ノ」と「マ」になることからだが、元々は漢字の「同」の異字体の「仝」が変化したものと考えられており、「同の字点」とも呼ばれる。
    
    ついでに言えば、「〃」の呼び名は「ノノ点」という。語句だけでなく、簿記などの数字でも使われる。西欧語の「”」から転化したものでイタリア語の“Ditto”(同じ)からきているとも言われる。また、「ゝ」は「一つ点」といい、「ちゝ」「たゞ」のように、直前のかな一字の全字形(濁点を含む)を代表する。繰り返し符号には、ほかに「く」を縦に細長くした「くの字点」(2文字以上のかな、またはかな交じり語句を代表する)、「一つ点」を二つ重ねた「二の字点」(「々」と同じ使い方をする)もある《注2》。
    
    これらの繰り返し符号をパソコンで入力する場合は、「おなじ」と打っても、「くりかえし」、「おどりじ」あるいは「どう」と打っても変換できる(日本語変換ソフトによって多少の違いがある)。言い換えれば、同じ字を続けて使う場合、取りあえず「おなじ」とキーを打ち、現れた変換候補の中から「繰り返し符号」を適宜選べばどんな字にも代用できる。日本語の森は奧が深いだけでなく、簡便な近道も通っているのだ。


《注1》 昭和21年(1946年)、当時の文部省国語調査室が「教科書・文書などの国語の表記を統一し、その基準を示すために」まとめた「くりかへし符号の使ひ方(案)」による。

《注2》 文化庁編『言葉に関する問答集 総集編』