「同じ読み方の漢字」。こんなに多いとは吃驚、びっくり、ビックリ! 

(第111号、通巻131号)
    
    日本語は同音異義語がきわめて多い言語である。試みにパソコンのワープロソフトに任意の言葉をひらがなで2文字打つだけでよく分かる。例えば、いま使ったばかりの「うつ」。変換キーを押すと「打つ」のほか「撃つ」「討つ」「撲つ」「伐つ」「拍つ」「鬱」など数種類の文字が出てくる(中には意味がほとんど同じ場合もあるので、より正確には「同音異語」か「同音異(別)字」とでも表現すべきかもしれない)。
   
    漢和辞典の音訓索引表には、同じ読み方をする漢字が(たいていは画数順に)並べられている。どの読みの漢字が一番多いか。出版社で漢和辞典の編集に長年携わった円満字二郎氏の『漢和辞典に訊け!』(ちくま新書)によれば、「どんな漢和辞典であれ、音訓索引で収録字数の多い読み方のランキングをとると、たいてい『こう』がダントツで一位のようだ」という。しかも、中学生を対象にした入門用の辞典でも、200〜300字、本格的なものになると500字以上になる。全12巻からなる最大の漢和辞典諸橋轍次著『大漢和辞典』(大修館書店)にいたっては「こう」と読む漢字がなんと2647字も載っているそうだ。
    
    2千はともかくとして、たいていの人は数十字は知っているはずだ。と、突然言われると「まさか」と思われるかもしれないが、ちょっと考えるだけでたちどころに20や30は出てくる。交、項、幸、高、公、耕、孝、考、鋼、鉱、稿、講、構、厚、興、工、光、効、郊、校、行、酵、港、航、洪、硬、肯、皇、黄、紅《注1》。これで30字である。あと20字くらいはすぐ思い浮かぶに違いない。手元の『新潮日本語漢字辞典』には544字載っていた。「こう」についで多いのは「し」「しょう」「そう」「とう」といったところだそうだ。
    
    上に挙げたのは漢字一文字の場合に限った例だが、二文字だとどんな具合か。たとえば、「さんか」と読む二文字の例をあげると、参加、讃歌、傘下、酸化、産科。「きこう」でいえば、機構、紀行、寄港、起工、寄稿など。「ほうそう」だと、放送、包装、法曹……などがある。
    
    二文字の中で群を抜いて多いのが「こうしょう」と読む漢字だ。漢和辞典だけでなく、国語辞典にもあたってみたところ、『広辞苑』第6版(岩波書店)のDVD版には「交渉」「公称」「口承」「高尚」「哄笑」「校章」「考証」など48語が収録されていた。探索範囲を広げるべく『日本国語大辞典』第2版(小学館)を開いて驚いた。実に107字もあるのだ《注1》。
    
    このように同音語が多いのは、日本語の音節の種類が乏しいせいだ。同じアジアの言語の中でも韓国語や中国語よりもはるかに少なく、111種しかないとされる《注2》。同音異字は、音節の種類が数え切れないほどあるという英語でも、‘meet(会う)’と‘meat(肉)’、‘no(いいえ)’と‘know(知る)’などの例のようにないわけではないが、日本語の比ではない。同音異義語が多いのは日本語の宿命ともいえる。
    
    そのため、類似の意味を持つ同音語で日常会話によく使われる言葉では、便宜的な区別法が用いられる。たとえば私立大学と市立大学を使い分けするのに「ワタクシリツ」と「イチリツ」、科学と化学は「サイエンスのカガク」と「バケガク」、あるいは川と河は「サンボンガワ」と「サンズイの大きなカワ」などといって区別する。
    
    橋、箸、端のようにアクセントの高低で区別する言葉もある。同音異義語が多いのは不便でもあるが、その一方で、なぞなぞや駄洒落、掛詞(かけことば)、和歌の枕詞(まくらことば)などの豊かな表現形式が生まれた。日本語ならではの特質とも言える。


《注1》 107字のうち人名と思われるのが「康勝」の1語。平安中期の仏師の名、と説明が付けられている。

《注2》 『日本語百科大事典』(大修館書店)、『日本語学辞典』(桜楓社)。音節(syllable)の定義は本によって微妙に違うが、簡単にいえば、一息で発せられる母音を含む音のまとまり。母音、母音+子音、子音+母音、子音+母音+子音のいずれかの形をとる。英語の音節の数については数千から万単位まで学者によって説が違うが、日本語の音節については110前後でおおむね一致している。
《参照》 『角川漢和中辞典』、『岩波漢語辞典』、『五十音引き講談社漢和辞典