「戻り年賀」

(第209号、通巻229号)
    脂がのった「戻り鰹(がつお)」の旬は秋だ。では「戻り年賀」は?言葉自体初めて目にする人がほとんどだろうが、しいて季語に入れるとしたら「新年」のということになろうか。戻り年賀とは、『日本国語大辞典』第2版(小学館)によれば、年賀状を受け取ってからその相手宛に出す年賀状のことで、「返り年賀」ともいう。
    要するに、年賀状を出していなかった人から先に賀状をもらってしまった場合、お返しに出す年賀状だ。たいていは「早々と賀状をいただき、恐縮しております」とか「早々のご挨拶、ありがとうございます」とか文言を文頭においてから「遅ればせながら……」などと新年の祝賀の言葉を続けるのが普通だ。誰しも書いたり、受け取ったりした覚えがあるに違いない。私の場合は毎年、十数人に出し、ほぼ同じくらい受け取る。
    その理由は、単純な出し忘れから住所の間違い、意図的な事情まで人により様々だろうが、私が興味を抱いたのは「早々」を「そうそう」と読むのか「はやばや」と読むのか、という点だった。しかし、辞書をいくつか見たところでは、明確な違いはなく、どちらでもよいように思われた。その代わり、辞書探索の副産物として「戻り年賀」という味のある言葉を知った。中型、小型の国語辞典には載っていないが、なんとも風雅な響きのする日本語だ。
    だが、物の本によれば、「戻り年賀」を「早々と賀状をいただき、恐縮しております」というような定型的な書き方で済ますと感情を害する人も少なくないというから難しい。とくに目上の人が相手の場合は失礼になるとも言われる。自分からは賀状を出すつもりはなかったのだが、賀状が届いたから返事を出したまで、と相手が解釈して不快に思うらしい。だから「早々に」という言い方は避けた方が無難、と説く人もいる。
    同時にまた、「戻り年賀」の日付も一考を要するという。普通は、元日に出した文面の日付のままだろうが、賀状が遅れたのは相手にとっても自明のことなのだから、戻り年賀を実際に出した日付を正直に記すか、あるいは「一月吉日」と変える手がある、と教える向きもあり、なるほどと感じいった。
    鰹は、清冽でさっぱりした初鰹がいい、という人もいれば、脂ののった戻り鰹の方がうまい、という人もいて評価は分かれる。正月の年賀状の方は、「初」がいいのは当然だが、大切なのは何よりも書いた人の気持ちだろう。