出処進退と出所進退

(第210号、通巻230号)    
   
     政治家のスキャンダルや失言が問題になるたびに、決まって登場する言葉に「出進退」がある。この4日、菅直人首相は年頭の記者会見で「今年は『政治とカネ』の問題にケジメをつける年にしたい」とした上で、小沢一郎氏が強制起訴された場合には「政治家としての出処進退を明らかにして、裁判に専念されるのであれば、そうすべきだ」と述べた。
    
    出処とは、国語辞典によれば「出て仕えることと退いて民間にいること」とされ、「進退」は字句通り「進むことと退くこと」だ。出処進退の4文字は「公に出て官職にあること」「退いて民間にあること」つまり仕官と在野を指し、そして「役職にとどまること」と「辞職すること」を意味する《注》。
    
    しかし、政界や官僚の世界で「出処進退」が問われる時は多くの場合「今の職を辞めて引退する」「役職(地位)を退く」とほぼ同義で使われる。上述の首相発言も小沢氏に議員辞職を迫ったものと解釈するのがふつうだ。かつては、広い意味での「身の振り方」と受け止められてきた言葉だが、近年はもっぱら政治家、官僚、あるいは経済界のトップの引き際の意に特化された観がある。これも、言葉の変化のおもしろいところだ。
    
    ところで、一般的には「出処進退」と表記するが、陽明学者・安岡正篤の高弟といわれた評論家の伊藤肇のように「出進退」と「処」を「所」と書く人もいる。うっかりミスか、ワープロの誤変換と思っていたが、辞書でも「出所進退」の表記を併記しているものあるので、間違いではないのだろう。
   
    ただ、言葉の本来の意味から言うと、「処」の字には「世の中に出ない、家にいる」という語義があることでもあり、私は「出処進退」説を採りたい。
    
    出処進退を問われているのは、小沢氏だけでない。春三月の旅立ちの季節を前に「身の振り方」をどうすべきか、迷っている人も多いに違いない。


《注》 『日本国語大辞典』第2版(小学館
【お断り】 2007年1月10日付けの第1号以来、毎週1回(水曜日)更新を1度も休まず続けてきましたが、来週の1月19日(水曜日)号は、旅行のため休載します。ご了承ください。