「森」は「林」より木が多いか

(第195号、通巻215号)
    私の住む団地に先日、初めてお神輿が渡御した。団地のマンション群のすぐそばにある神社の例大祭の一環だ。ふだんは無人の小さな神社だが、小なりと言えども、神社は神社。参道の石畳をのぼった先の丘の周りは一応「鎮守の森」になっている。しかし、「森」にしては、「木」が少ない。
    森も林もどちらも木が多く茂っている場所を指すが、どう区別するのか。小学生のころ、森は林よりも木が多い、と習った憶えがある。森という漢字が、「林」より一つ多い三つの木からなっているのはそのためだ、という理由だった。今から見ると、こじつけの「民間語源」のようにも思えるが、実はれっきとした辞書でも、森と林の違いを木の数で説明しているものがある。例えば『新潮日本語漢字辞典』の記述は次のようになっている。
   森:「木がたくさん生い茂っている所。『林』よりも木が密集している」  林:「木がたくさん生い茂っている所。『森』にくらべると木が密集していない」。
    これで見ると、語義はまったく同じ。2語の違いは木の密集度合いの差だけといことになる。念のため、『明鏡国語辞典』(大修館書店)にも当たってみたが、森については「『林』よりも規模が大きく、木々がより密生している所をいう」、林については「『森』よりも木々の密生度が小さく、範囲の狭いものをいう」とあり、漢字辞典と大同小異の説明だ。
    漢字の森と林とは、どちらも会意文字。象形文字である「木」を組み合わせて意味を作ったわけだ。文字通り同系統の文字だから、森の方が林より木が多いと考えても不思議はない。
    しかし、現実には、ジャングルなどの熱帯雨林や密林、原始林、原生林などのようにうっそうとした木々に覆われ、昼なお暗く、その数も圧倒的に多い「林」がある。あるいは、白砂青松の海辺に連なる松林、平地から山の中腹に広がる白樺林とか針葉樹林も「林」という。一方で、「鎮守の森」は我が団地そばの神社を見るまでもなく、必ずしも木々が密生しているわけではない。
    森と林の違いは木の数だけでなく、密度も関係していることは上述の辞書の定義からも推測できるが、と言って1アール当たり何本以上が森、なぞという明確な物差しがあるはずもない。境界は限りなく曖昧なのである。
    ところが、こうした木の数をめぐる論議に対して、「いい年をして『森の方が木が多い』などという人がいる」と冷ややかに見る“学究肌”の人もいるからやっかいだ。ウエブのホームページで「結論を出しておこう。人の手の入っているのが『林』で、自然に生えているのが『森』である。原則的には、これで間違いない」と自信たっぷりに断言しているほどなのだ《注》。
    「言葉の森」は奥深い。次回は森と林の中にもう少し足を踏みいれてみたい。


《注》 「知の関節技」(http://homepage3.nifty.com/tak-shonai/intelvt/intelvt_015.htm