続「知ってか知らずでか」

(第194号、通巻214号)
    実は、標題の慣用句にはさまざまなバリエーションが存在する。ウエブを検索しただけでも、10種類ほどにもなる。以下、素人の独断で、元になったと思われる語から変化語まで図式化してみると――
    知ってか知らずでか→知ってか知らでか→知ってか知らずか→知ってか知らずてか→知ってか知らずしてか→知ってか知らぬのか→知ってか知らぬか→知ってか知らずにか→知ってか知らないでか→知ってか知らないのか……
    これらの同種の語の中で私自身はふだん何を使っているか。意識して用いる語ではないので、明確には記憶していないが、「知ってか知らずでか」はたぶん使ったことはない。会話ではふつう「知ってか知らずか」を口にし、文章に書く場合は「知ってか知らずか」を使ったり、「知ってか知らでか」を用いたり、と混用している気がする。
    問題の中心にある「で」は、文法的にいうと接続助詞である。『角川必携古語辞典』によれば、打ち消しの助動詞「ず」の連用形+接続助詞「て」の「ずて」が変化した形、とされる。上の語句を打ち消して下の語句へ続け「…ないで、…ずに、…でなくて」の意味になる。例文に伊勢物語から「鬼ある所とも知らで 神さへいとしみじう鳴り(鬼の住む所とも知らずに 雷までとてもひどく鳴り」を引いている。
    『岩波古語辞典』も「活用語の未然形を承けて打ち消しの意を表し、下の語句と接続させる。これは連用形に相当する役割である」と述べた後、「ずて」の約が「で」になった、という語源説を最初に挙げている。
    目くじらをたてるほどの問題ではないが、これほど変化形の多い慣用句は珍しいのではあるまいか。日本語のある一つの定型句が伝統的用法から新しい用法に変わりゆく過程を「博物館」で一度に見る思いがする。
    あくまで「『知ってか知らずでか』が伝統的用法のはずである」という山岸先生だが、一方で「知ってか知らずか」を「非正用法とするのはもはや時遅しの感がする」という諦めの思いもホームページに書いている。