鳩山首相の「腹案」と沖縄県民の「心」

(第175号、通巻195号)
    沖縄の米軍普天間飛行場の移設問題をめぐって鳩山首相は迷走発言を繰り返し、内閣はダッチロール状態だが、3月31日の党首討論で首相は谷垣自民党総裁に「(移設先について)腹案を持ち合わせている」と明言した。その後も「腹案」という表現を用いていた。岡田外相は「腹案という言葉がちょっと物議を醸した」と指摘、その上で「閣僚間で、どこにどういう形で移転するかについてコンセンサス(合意)はある。それを腹案と言われたのだと思う」と首相の真意を解説した(4月3日)。
    しかし、私に言わせれば、首相側の勝手な「腹づもり」にすぎない。腹案とは、あらかじめ心の中で考えている具体的な案・計画を指す言葉だと思う。普天間移設は日米地位協定をめぐるきわめて重要な政治マターだ。とは言え、このブログの趣旨には馴染まないので、今回は、腹案という言葉から「腹」に関連した「身体語」にしぼって述べてみたい。
    日本語で慣用句や熟語によく用いられている身体語は、目、手、足、口、耳といったところだろう。目を例に挙げれば、「目が高い」「目から鼻へ抜ける」「目が冴える」「目敏(めざと)い」「鵜の目鷹の目」「目の敵」「目を三角にする」など実に多様な使い方がある。残りの語も「手も足も出ない」「口をそろえる」「聞く耳を持たない」など枚挙にいとまがない。
    では、腹はどうか。意外にも腹の付く語の用例がけっこう多いのである。辞書で1語1語探してみるのは大変なので、岩波書店広辞苑』第6版のDVD−ROM版で電子検索したところ、腹の字で始まる言葉だけで156件あった。「腹ごなし」「腹いっぱい」「腹立ち紛れ」「腹が据わる」「腹を割って話す」……などだ。さらに、「痛くもない腹を探られる」「思うこと言わぬは腹膨(ふく)る」などのように腹が句の途中にある慣用句を検索しただけでも80件ヒットした。
    腹という語は、上述の目や手などと違い単独の器官ではなく、胃、腸、肝臓、腎臓、膵臓などさまざまな器官が収まっている部位を指す。そのせいでカバーする範囲は広いが、特に目立つのは「心」に深く結びついた用例が多いことだ。「腹を固める」「腹を読む」「腹が立つ」「腹が黒い」「腹に一物がある」「腹の中で何を考えているか分からない」などいくつも思い浮かべることが出来る。中には、「腹を読む」のように腹の字をそのまま「心」に入れ替えても自然な言葉もあれば、そのものずばり「腹心の部下」という表現もある。
    言い換えれば、腹=である。腹は、臓器だけでなく、人の心の動きや感情、考えを入れる器でもあるのだ。現代の大脳生理学では、心の動きなどの精神活動は頭の中で行われているというのが常識だが《注1》、日本人は古来、心は腹に宿ると考えていたのだろう。『新明解国語辞典』第6版(三省堂)には「考えや心の働きがそこに含まれる想像された腹《注2》」とある。
    鳩山首相が口にした「腹案」は、腹心のスタッフが練りに練ったウルトラCの秘策なのかもしれない。ならば、腹蔵なくその具体的な中身を明らかにして沖縄県民の心に届けてほしい。


《注1》 ジュディス.フ−パー他著『3ポンドの宇宙・脳と心の迷路』(白揚社)、茂木健一郎著『脳内現象』(NHKブックス)、池谷裕二著『進化しすぎた脳』(朝日出版社)など。 
《注2》 この定義の中の腹は、『新明解国語辞典』の「はら」の第一義にある「ヒトや猿などの、中央に臍(へそ)が有り、表・前面と考えられる側。また、その内部に蔵せられる内臓」を指す。