「藤」の字解きは?「巳」「已」「己」はどう区別するか。

(第120号、通巻140号)
   
     冒険家の植村直(なお)さんがアラスカのマッキンリーで消息を経ってからすで)に四半世紀。国民栄誉賞を受賞したのは25年前の4月19日である。「直己」の「己」はふつう「おのれ」といい、「み」とは読まないが、ご本人は「み」で通し、マスコミを含め周りもそう呼びならわしてきた。似た漢字で「」と発音するのは「」である。
    
    前回、「嘉(よみ)する」をテーマに‘字解き’を取り上げたところ、ページビュー(pv.)がいつもの週の2倍にも増え、字解きの例をもっと紹介してほしい、という要望も寄せられた。そこで今回は、好事家の間では常識になっている標題の3文字の区別の仕方を枕に‘字解き’の続編をお届けしたい。
    
    「己」「已」「巳」。走り書きすれば、ほとんど判別がつかないが、実は、意味も発音もそれぞれ全く違う別々の字なのである。間違いを防ぐいい方法はないか。昔からいくつかのコツが伝えられてきた。字解きいうより覚え方、暗記法と言うべきかも知れない。『新潮日本語漢字辞典』には、次のような例が載っている。
    
    「ミ、シ(巳)は上、イはスデニ(已)半ばなり、オノレ、ツチノト、コ、キ(己)下に付く」。左側の縦棒が、上についているのか、半分までか、下なのか。紛らわしい字画を区別する方法だ。私が知っているのは、真ん中の部分を語呂良く「すでにやむのみなかばなり」というものだ。
   
     字解きで神経を使うのは、固有名詞、中でも人名だろう。例えば「辰巳」という名前の人を「辰已」と書いたら相手は愉快なはずはあるまい。これは「エトのタツミ」と説明するのが普通だ。
    
    人名の例をいくつか挙げてみよう。「〜すけ」という名の場合、よくある3種類について言うと、「介(かいすけ)」、「助(じょすけ)」、「輔(くるますけ)」と区別する。苗字では、「うすい(きねうすのウス、どんぶりいど)と書く臼井」、「うすき(いしへんにふるとり、じゅもくのもく)と書いて碓木」、「あべ(おもねるア、ぶちょうのブ)の阿部」、あるいは若い世代にはピンとこないかもしれないが、私の周りでは「しげる吉田茂のシゲル」、「さとう」は佐藤栄元作首相の名前を借りて「栄作のサトウ」とも言った。
    
    有名人の名前を流用したり、訓読みしたり、偏や旁を添えて説明したり、と手法は様々だが、禁じ手もある。「孝」という字を説明するのに「親孝行のコウ」と言うのは「行」とも受け取られる。その混同を避けるため、あえて「親不孝のコウ」と言うことになっている。「しげる」を「繁茂のハンのシゲル」と言ったり、あるいは「繁茂のモのシゲル」と言ったりするのも御法度だ。「英米」も字解きに使うのは紛らわしい。「英国」なのか「米国」なのか混同されやすい。「山川」も同じような危険がある。「山」の字を「マウンテンのヤマ」と英単語で説明することもある。
    
    とは言え、あらゆる字に便利な字解きがあるわけではない。漢字の成分を一つひとつ分解して言うことも多いが、基礎になる常識的な説明法をいくつか列挙すると――「柴(此=この木のシバ)」「芝(しばふのシバ)」「一(よこいち)」「市(たていち)」「又(ふんばりマタ」「股(にくづきのマタ)」「智(いわくのあるチ)」「須(すべからくのス)」「舘(しゃへんのヤカタorしゃダテ)」などなど。
    
    ちなみに「伊藤」という苗字は「イタリアのイにさがりフジ」という。フジの花は長い房になって垂れ下がって咲く。その様子から「さがりフジ」というのが私の昔の職場での習わしだった。数日前、自宅にほど近い神奈川県立「フラワーセンター大船植物園」に行ってみたところ、早くもフジの花が優雅に藤棚を彩り始めていた。