続「七つの子」の歌詞の謎

(第252号、通巻272号)
 
    童謡「七つの子」は、「7歳のカラス」の意か「7羽のカラス」の意か。前回のブログで両説を紹介した後、実はこれ以外に興味深い異説がある、と思わせぶりに文を結んだ。今回は、七つの子の歌詞の謎について、いわば「第三の解釈」を紹介したい。
    
    その代表は、「たくさんの、多くの」という説だ。これは、作詞者の野口雨情自身が『童謡と童心芸術』の中で書いている《注1》。
  「静かな夕暮れに一羽の烏が啼きながら山の方へ飛んで行くのを見て少年は友達に『何故(なぜ)烏はなきながら飛んでゆくのだらう』と尋ねましたら『そりゃ君、烏はあの向こふの山にたくさんの子供たちがゐるからだよ、あの啼き声を聞いて見給へ、かはいかはいといってゐるではないか、その可愛い子供たちは山の巣の中で親からすのかへりをきっと待ってゐるに違ゐないさ』といふ気分をうたったのであります」と。

    「7羽」は具体的な数字を示したのではなく、一種の比喩、というわけだ。確かに日本語では、「七転八倒」とか「七つ道具」とか、特定の数字に「たくさん」の意味を持たせることが多い。『日本国語大辞典』第2版(小学館)の「七つ道具」の項に「七種からなる装身具や調度類の総称。また転じて、七の数に限らず多数の付属品からなる皆具(かいぐ)をいう」とあるのもその解釈の一例だ。

    しかも、「七つの子」の場合は、作詞者本人が説明しているのだから、謎解きの答えは「たくさん」で決まりとも思えるが、芸術作品は、完成した後は作者の手から離れて一人歩きするといわれる。たとえば作詞者の身内の間でさえ「帯解きの式《注2》を迎えた女児を指している、と私は解釈したい」(雨情の息子)とする見方もあれば、「この歌のモデルは7歳ごろだった雨情の息子」(雨情の孫娘)という解説もあるほどなのである《注3》。
   
     いくつかの説を駆け足で見てみると、「七つの子」は必ずしもカラス自体を指すのではなく、カラスに人間の子を重ね合わせ、七つくらいの大勢の可愛い子供を歌った童謡、とおおらかに解釈するのが自然のように思われる。昔の日本語では「娘と言えば16歳、子供と言えば7つ」を指すことが多かったものだ。


《注1》 ウェブサイト「ああ 我が心の童謡〜ぶらり歌碑めぐり」(http://www.maboroshi-ch.com/old/edu/ext_41.htm)による。
《注2》 昔は、女の子は7歳になると、それまで着物に付けていた紐を取り、別の帯を締めてお祝いしたという。今でいう七五三か。
《注3》 「ウィキペディア」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E3%81%A4%E3%81%AE%E5%AD%90