クラス会で「お目もじ」がかなえば

(第87号、通巻107号)
    猛暑が一服した8月下旬、ある人気ブログのコメント仲間数人にパソコンのDTP(卓上編集ソフト)の使い方を手ほどきする機会があった。翌日、そのうちの1人の中年の女性からお礼のEメールが届いた。
    「(昨日は)なんだか子供に戻ったように、嬉々として真剣にパソコンに取り組んでしまいました」。文面からして細やかな配慮の行き届いた礼状だったが、 「言語楼」を称する私の目を引いたのは、文中の「又のお目文字(おめもじ)を楽しみにしております」の一節だった。
    「お目文字」。「お目もじ」と表記する場合のほうが多いかもしれない。それはともかく、近頃では、古い文学作品の中でたまに見るぐらいの珍しい言葉である。
    意味は、『現代国語例解辞典』第4版(小学館)の語釈を借りれば、「お目にかかること」をいう女性語。『明鏡国語辞典』(大修館書店)には、「もと、女房詞(ことば)。多く手紙文で使う」とある。
    辞書には、「お目もじがかなって嬉しく存じます」、「お目もじの上、ご相談いたしたく……」などの用例が載っている。「お初にお目もじいたします」という言い方を見かけたこともある。いずれも、品がよく情趣に富んだ味わい深い言い回しであり、古風だが、なんとも優雅な響きのする美しい日本語である。『懐かしい日本の言葉』(藤岡和賀夫著、宣伝会議)というミニ辞典にも「お目もじ頂く」との表現が取り上げられている。こんな言葉を目にすると、使う人の育ちの良さ、幅広い教養につい感じ入ってしまう。
    若い人には縁遠い言葉だろうと思いながら、念のため職場の年下の女性に尋ねてみたところ、驚いたことにたまに使うことがあるという。どんな場合に用いるのか、詳しく聞き直すと面白い答えが返ってきた。まじめな手紙の中で正統的な使い方をするのではなく、ちょっとした軽い会話でおふざけの意味を込め、茶化して使うのだという。ただ、この言葉を使える相手は限られており、一般的にはまず通じないそうだ。やはりそうだろう。世代を問わず、今どき、この言葉に触れることはめったにないのだから。
    今週末、高校時代のクラス会が札幌で開かれる。4年に1回、オリンピックの年に開催するのが慣例で、私も横浜からはせ参じる予定だが、たとえおふざけでも、「クラス会で『お目もじ』するのが楽しみ」と女性語で表現するわけにはいくまい。男性語で「お目もじ」に似た言葉を強いてあげるなら「お目通り」といったところか。ただ、こちらは、身分が上の人物に会うときに使う感じが強いので、文字通り同輩のクラスメートに用いるのはおかしいことになる。
    ちなみに、冒頭に紹介したEメールの差出人のハンドルネームは、、日本女性の異名にも使われる花の名である。いかにも、風流な言葉遣いの人にふさわしい。