「かつて」を「かって」に書くのは間違い?! 

(第25号、通巻45号)
    社会人になって間もない頃、「過去のある時、昔、以前」という意味のつもりで原稿に「かって」と書いたところ、上司に「はなし言葉ではともかく、文章で表現する時は『かつて』とするものだ」と注意された。「つ」を小さな「っ」とするのは間違い、たとえば、「かって住んでいた場所」ではなく「かつて住んでいた場所」と書くのが正しいというのだ。以来、私はその教えを守ってきた。

    言葉遣いの間違いは、自分で気がついた場合はいいが、若い時分に注意されないとそのまま間違い続けることになる。ある程度の年配になった人、まして先輩や上司に対しては、周りが誤りに気づいていても注意しにくいからだ(今や、年配になった自分自身にもあてはまることだが…)。
  
     かつて私が勤めていた所のある先輩は、「相殺(そうさい)」を「そうさつ」と発音していたが、やはり若輩の自分から注意するのははばかれた。

   「上意下達」という熟語がある。「じょういかたつ」が正しい読み方だが、相当教養のある人でも「じょういげだつ」と発音する例が珍しくない。「身を粉(こ)にする」を「みをこなにする」と誤読している人や「幕間(まくあい)」《注1》を「まくま」と口にする人も多い。

    言葉自体が意味も似通っていて、正しい読みなのか、誤読か、判別しにくいケースもある。「直截」はその一例だ。正しくは「ちょくせつ」と読むのだが、しばしば「ちょくさい」と発音するのを耳にする《注2》。あまりにも間違いが多いためか、今ではたいていの辞書が「ちょくさい」の読みを立項し、「直截の慣用読み」としているほどだ。

    まぁ、言葉というのは、上の者が下に押しつけるものではなく、時には誤読が多数派となっていつの間にか変わっていく側面もあるのだが、「上意下達」については、「じょういげだつ」を慣用読みとしている辞書は“未だかつて”ないようだ。


《注1》芝居などの舞台で次の幕が開くまでの休憩時間。幕の内、ともいう。俵型の小さな握り飯とおかずを詰め合わせた「幕の内弁当」は、もともとは幕間に簡単に食べられるように工夫された弁当を指す。

《注2》以下は『岩波国語辞典』から引用。
直截=1、ためらうことなく、すぐ決裁すること。2、まわりくどくなく、ずばりと表現すること。「直截簡明」「直截的」
直接=1、間になにもはさまずに接すること。「電源に直結したコード」。2、他のものを通さず、じかなこと。