「一段落」の正しい読み方

(第99号、通巻119号)
    11月22日の夜7時のNHKテレビのニュースを見ていたら、元厚生次官宅連続襲撃事件にからんだニュースの中でアナウンサーが「〜が一段落したら」という個所を「ひとだんらく」と読むのを耳にした。「普通は〈いちだんらく〉と発音するのではなかったろうか」。すぐに手近の小型国語辞典にあたってみたところ、やはり「ひとだんらく」の見出しは載っていなかった。視聴者からクレームがあったのか、NHK内部での指摘なのか、他の項目のニュースに移ってしばらくしてからアナウンサーが、「一段落」の読み方を間違えていました、と訂正した。
    このエピソードは、身近な言葉の読み方の変化をめぐる面白い例と思われるので、今回は「一段落」に絞って少々詳しく調べてみた。
    正統的な読み方は、もちろん「いちだんらく」である。文化庁が平成7年3月に発行した『言葉に関する問答集 総集編』でも「現在出版されている17種類の国語辞典で、この〈一段落〉を調べてみると、すべての辞典がこの語を〈イチダンラク〉として掲げている。〈ヒトダンラク〉としているのは、1冊もない。また、注記などの形で〈ヒトダンラク〉に触れているのものなかった」と説明されている。
    しかし、「ひとだんらく」というアナウンサーの読みに私が瞬間的に違和感を覚えたのは明確な根拠があったからでない。むしろ逆で、かつて私自身がこの言葉を使うたびに「どっちの読みだったろうか」と迷ったものだった。そのせいもあって、NHKが番組の途中でわざわざ謝るほどの誤りでもあるまい、と思った。前回取り上げた「麻生イズム」(〈みぞうゆう〉、〈ふしゅう〉)などとはレベルがまったく違うからだ。
    実際、『言葉に関する問答集 総集編』では、上述の説明に続けて「NHK編の発音アクセント辞典にも〈ヒトダンラク〉という読み方は見当たらない。しかし、そのような言い方を耳にすることはあるし、意味の上からそれほど不自然に聞こえないことも確かだ」と是認しているような個所がある。
    では、最近の辞書はどうかと思っていくつか当たってみたところ、微妙な違いがあることが分かった。わが国最大の『日本国語大辞典』第2版(小学館)やユニークな語釈で知られる『新明解国語辞典』第6版(三省堂)、『大辞林』第3版(三省堂)などは、「ひとだんらく」をまったく認めていない。
    しかし、新語に敏感な『三省堂国語辞典』第6版は「ひとだんらく」の見出しは掲げていないものの、「いちだんらく」の見出しの項に「〈ヒトダンラク〉とも」と付記している。『明鏡国語辞典』(大修館書店)、国民的な辞書とされる『広辞苑』もほぼ同様の扱いだった《注》が、今年1月発行の第6版からは「ひとだんらく」の空見出し(語義は示さず、「いちだんらく」を見よ)を出した。
    こうして辞書の扱いぶりを比較検討してみると、「いち」から「ひと」という言い方に変化しつつあることを辞書も認める流れになっているように見える。似たような意味の「一区切り」の場合は「ひとくぎり」という。今回のブログもここで一区切りをつけ、ひとまず一段落としよう。


《注》 手元にある昭和50年11月5日発行の第3版第3刷ではすでに「いちだんらく」の見出しの項の語義の一つとして「ひとだんらく」を挙げている。第2版以前の版がどう扱っていたかは未確認。