「なおざり」の語義を「おざなり」に済ますな国語辞典  

(第100号、通巻120号)
    毎週水曜日に更新している当ブログ「言語楼」は昨年1月10日に「衣替え」して以来、今回で100号を迎えた。せめて節目の号ぐらい「おざなり」な内容でお茶を濁さないようしっかり準備するつもりでいたのだが、このところの忙しさに追われ、十分な下調べもしないうちに「執筆」の日を迎えてしまった。で、今週は上述の弁明にかこつけて「おざなり」と「なおざり」を取り上げることにする。
    「おざなり」は漢字で書くと「御座なり」で、「その場限りのまにあわせ。いいかげん」という意味《注1》。「おざなりな挨拶」「おざなりの仕事」といった使い方をする。元々は江戸時代の幇間(ほうかん)、いわゆる太鼓持ちの世界の隠語といわれる。お座敷がかかった場合、客筋によって扱いを変え、上客ではない相手にはあまり身を入れず「当座」をつくろってすませることから「座」という漢字が用いられたのだろう。
    「なおざり」は「おざなり」とは似て非なる言葉だ。似ているのは、どちらも「いいかげん」という意味合いを持つことだ。『広辞苑』第6版(岩波書店)の「なおざり」の項にも「おざなり」の項にも「いい加減にするするさま」、「その場のがれにいいかげんに物事をするさま」《注2》とあって区別がつかない。漢字では「等閑」と書いて「なおざり」と読ませる点が大きく違うが、実は意味も微妙に違うのである。
    たとえば、「学業をなおざりにする」とは、勉強らしい勉強はほとんどしない意味だが、「学業をおざなりにする」といえば、いい加減ではあっても一応勉強する体裁をとる、という意味になる。
    しかし、国語辞典で「なおざり」と「おざなり」の違いについて注記しているものはほとんどない。わずかに『明鏡国語辞典』(大修館書店)が「おざなり」の項で「〈なおざり〉との混用から、おろそかにするの意で〈対策をおざなりにする〉などと使うのは誤用」としており、『現代国語例解辞典』第4版(小学館)がやはり「おざなり」のところで「〈なおざり〉と混用されやすいが、〈なおざり〉は深く心にとめず、必要なことをしないさま、の意」と付言しているのが目についた程度だ。『日本国語大辞典』第2版(小学館)ですら、昔からの例文は数多く載せているが、語法・意味の違いについては触れていない。
    その点、最近の和英辞典の方が参考になることも多い。『新和英大辞典』第5版(研究社)で「なおざり」を引くと、‘neglect’‘do not treat (ones’work)’と出ている。「おざなり」は‘perfunctory’とあり、日本語でも「気乗りしない」「型どおりの」「その場しのぎの」とさまざまな言い換えを挙げ、それに応じた英単語を載せている。後者の‘perfunctory’はあまりお目にかからない単語だが、前者の‘neglect’なら半ば日本語化したポピュラーな言葉だ。「なおざり」はローマ字書きすれば‘N’で始まり、‘neglect’は見ての通り頭文字は‘N’。「なお〜」か「おざ〜」か、迷った時は‘N’を目印にするのが私の区別法だ。
    国語辞典は単なる言葉の言い換え集、あるいは単語帳とは違う。一般の人がつい間違えて使う語、混同しやすい語については、詳しい説明を付けて注意を喚起するのも大切な役割だろう。新語の収録を競うのだけが能ではあるまい。



《注1》 『新明解国語辞典』第6版(三省堂)
《注2》 『広辞苑』という同じ辞書の中で、片方には「いい加減」と漢字をあて、もう一方には「いいかげん」とひらがな書き。辞書の語義の表記としては「おざなり」と言わざるをえない。