「捏造」の本来の読み方が「でつぞう」とは! 

(第323号、通巻343号)

    「神の手」。日本の考古学の歴史を根底から塗り替えるような“旧石器”を次から次へと発掘してきた東北地方のアマチュア考古学者・F氏は、そう呼ばれていたが、実は「捏(でっ)ち上げの手」だった。今から13年前、毎日新聞はF氏の捏(でっ)ち上げの現場をビデオカメラに収め、「旧石器発掘ねつ造」とスクープした。日本史の教科書が、旧石器時代の項をそっくり訂正せざるをえないほどの衝撃的なニュースだった。

    この大スクープの裏側を描いたドキュメント『発掘捏造』(新潮文庫)がたまたま私の団地の共用図書館の書架にあった。すぐに借り出して一気に読了した。「捏造」の「ねつ」が紙面では、ひらがなになっているのは、常用漢字でないためで、新潮文庫では表紙に「はっくつねつぞう」とルビが振られていたが、「捏」とはそもそもどんな意味なのかと家人に尋ねられ返事に窮した。

    漢和辞典2、3冊にあたってみたところ、元々は「こねる、にぎる、おさえる、ひねる。みな土器の器形を作ること」の意だった(平凡社『字通』による)。しかも「捏」は漢音では「でつ」、「捏造」は厳密に言えば「でつぞう」と読む。「捏(でっ)ち上げ」という表現は、その本来の読み方からきたものだ。

    「ねつぞう」は、「でつぞう」の“慣用読み”であると、手元の国語辞典は、申し合わせたように同じような記述をしている。にもかかわらず、“本来の”「でつぞう」は、空見出しにも挙げていない辞書がほとんどだ。「こちらは、よく利用されているが裏道ですよ。本道はあちらです」と案内しておきながら、本道には標識すら立てていないないのである。まことに不親切きまわりない。辞書編集者たちの怠慢というべきだ。

    しかし、それにしても、慣用読みが本来の読み方を実質的には駆逐してしまったことになる。これほどであからさまではないが、慣用読みとか誤用とされた読み方が、実際の言語生活では多数派になってほとんど定着したケースも多い。

   堪能  ○たんのう   ★かんのう
   蛇足  ○だそく     ★じゃそく
   消耗  ○しょうもう   ★しょうこう
   追従  ○ついじゅう  ★ついしょう
   残滓  ○ざんさい    ★ざんし
   固執  ○こしつ     ★こしゅう
   攪拌  ○かくはん    ★こうはん

    いずれも、本来の、あるいは古くは、右側の★印が付いた方の読みが正しいとされていたが、今や左側の○印が優勢になっている。言葉はまさに時代と共に変わっていくものだということを実感する。