「ひも解く」の本来の意味は?

(第182号、通巻202号)
    発売されたばかりの呉智英『言葉の煎じ薬』(双葉社)を自宅近くの本屋で目にした。奥付を見ると、本を手にしたその日の6月20日が第一刷の発行日だった。この偶然も何かの縁とさっそく買い求め、一気に読んだ。言葉の「漢方薬師」らしい知見にあふれた本だ。冒頭から著名な評論家、作家、あるいは大学教授らをなで切りにしているが、私のような無学な読者にとっては、言葉の誤用を気付かせてくれる貴重な漢方薬だ。
    とくに薬効を実感したのは、「繙(ひもと)く」の本来の意味についての記述だった。ふつうは「紐解く」か「ひもとく」と書くことが多い言葉だ。たとえば、先日の朝日新聞の「2010参院選 党首がゆく」の続き物の初回。民主党菅直人代表を取り上げた記事の中で「それでも民主党の歩みをひもとけば、党の船出では鳩山の財力を……(中略)その間をしたたかに遊泳してきた菅がいる」という書き方をしている。よく使われる表現だ。
    「歩みをひもとけば」。とくに違和感を覚える表現ではあるまい。ところが『言葉の煎じ薬』によれば「ひもとく」とは――
    昔の書物は巻物であったり、厚紙の箱に入ったりしていたので、まず結び紐を解いて読んだことから元来は古典などの本を開いて調べることを意味するという。
    これはもちろん呉智英の独創的な説ではない。岩波書店広辞苑』第6版にも「書物の帙(ちつ)の紐を解く。一般に、書物をひらいて読む。ひもどく」《注》とある。ほかに数冊の国語辞典にあたってみたが、ほとんど同じ説明だ。
    しかし、現実には「〜の謎をひもとく」、「原因を紐解く」、「最新の成果をひも解く」などと用いられている。呉智英は先の著書で「『不思議発見!日本語文法。』という題名の本の宣伝文に「日本文法にひそむふしぎをひも解く」とあるのを取り上げ、「紐の付いたふしぎなんて見たことない。ふしぎを紐解くことはできない」と痛烈に批判している。よりによって日本語論の本だけに皮肉だ。
    ただ、誤用がまかり通ってくれば辞書にも現状を追認するケースも出てくる。『三省堂国語辞典』第6版は、「繙く」の項で「(紐を解く)本を開いて読む。ひもどく」と語釈を示し、「歴史を繙く=調べる」という例文を挙げているのである。まことに言葉はやっかいだ。

《注》 「帙」とは、「和本などの損傷を防ぐために包むおおい。厚紙に布などを張ってつくる」(大修館書店『明鏡国語辞典』)。