辞書も間違う選挙の「公示」と「告示」

(第183号、通巻203号)
    
    選挙となると、新聞やテレビに公示、告示という単語がよく出てくる。「○○選挙の公示日は▽日に決まった」とか「▽日に告示された□□選挙は……」とかという風に使われる。公示も告示も、公に知らせるという点では同じ意味のように思われるが、いったい違いはないのだろうか。厳密に言えば、語の用い方に明確な違い(区別)があるのである。
    
    『明鏡国語辞典』(大修館書店)が簡潔明瞭に説明している。「選挙の投票期日を知らせる場合、衆議院の総選挙と参議院通常選挙については『公示』を使い、その他の選挙については『告示』を使う」。また、小学館現代国語例解辞典』第4版では、「公示」の項で「『告示』と同じように使われるが、公職選挙法における投票日などについては、国会議員の総選挙や通常選挙の場合『公示』、その他の場合『告示』と区別している」《注》と補注をつけ、例文として「告示を発する」「内閣告示」の二つを挙げている。
    
    上段の説明で明らかなように現在行われている参院選は、6月24日に「公示された」ものだ。「告示」ではない。では「その他の選挙」とは。大別すると、二つある。
  1)地方選挙。自治体の首長や、都道府県議員、市(区)町村議員などの選挙を指す。
  2)国政選挙でも、欠員が生じた時に行われる補欠選挙の場合。公示ではなく告示という。また、最高裁判所裁判官国民審査は総選挙の時に一緒に行われるが、公示とはいわず、告示と称される。
    
    公示にしろ、告示にしろ、選挙がスタートする日ということには変わりない。各陣営は、立候補を選挙管理委員会に届け出、選挙運動に必要な腕章や表示板などのいわゆる「七つ道具」の交付を受けて街に走り出す。中身は同じなのに、国政選挙か地方選挙か、あるいは通常選挙補欠選挙かで用語が違うのである。
    
    「言葉の定義者」である辞書ですらついうっかりする。「公示」を『新明解国語辞典』第6版(三省堂)で引いてみると、「政府・公共団体などが、知らせるべき事柄を一般の人に示すこと」とある。この語釈は、正しい。しかし、添えられた文例がまずかった。「市会議員選挙が公示される」。これは、上述の説明でも明白なように、用例としては完全な間違いである。市会議員選挙は「その他の選挙」にあたるから「公示される」ではなく、「告示される」とすべきなのである。ユニークな語釈で人気を持ち「新解さん」の愛称でも呼ばれる『新明解国語辞典』としては痛恨の「勇み足」だ。
   
     実は同辞典は、第2版と3版では文例なしで「狭義では、参議院衆議院の選挙の行われることを一般に知らせること」と正しく説明していたのである。なのに、5版から間違った文例を添えてしまった。そのミスが第6版にもそっくり引き継がれていたのである。辞書類は新しい版ほど改善されるはずなのに……。5版の発行が1997年11月3日、6版に改訂されたのは2005年1月10日。この間、誰も気付かなかったとは信じられない思いがする。


《注》 天皇の国事行為を定めた憲法第7条の4に「国会議員の総選挙の施行を公示すること」とある。議員全員をそろって選び直す「総選挙」は衆議院である。しかし、参議院は3年ごとに半数ずつ選び直すのだから「総選挙」に当たらないはずなのに、なぜか公選法上は総選挙とみなされているようで、憲法と法律との間に定義の矛盾が感じられる。