たかが数字、されど数字。一筋縄でいかぬ日本語習得
(第181号、通巻201号)
世界中でどの言語が難しいか。一般的にある言語を習得する難易度は、母語との言語学的近縁関係の差によるところが大きい。英語話者ならドイツ語を学ぶのは易しいだろうが、フランス語となると少し難しくなるのではないだろうか。しかし、フランス話者だとイタリア語を学ぶのはさほど難しくあるまい、と推測がつく。ただ、その難易の差は、日本人から見ればほんのわずかだろう。なぜなら上に挙げた言語は同じ系統の語族に属しているからだ。
ここに、外交官の語学専門家を育てる米国務省の担当部局のデータがある。英語を母語とする者がある外国語を日常的なコミュニケーションにほとんど不自由しないレベルに達するまでの習得期間を示したものだ《注》。
それによれば、1)授業時間23週(575時間〜600時間)のカテゴリー1(英語と密接な言語)に属するのが、デンマーク語、スペイン語など、2)44週(1100時間)のカテゴリー2(英語と言語的、文化的な差が大きい言語)に入るのがロシア語、アルバニア語、リトアニア語、ビルマ語など、そして88週(2200時間)の授業を要するとされるカテゴリー3(英語話者にとってきわめて困難な言語)にアラビア語、中国語、韓国語。日本語は一応同じカテゴリーに属してはいるが、その中で最難関の言語とされている。
2カ月ほど前、日本語を習得中の駐日米大使館員数人に日本の新聞について話す機会があった。多少の個人差はあるものの、平均的な米国人より言語能力に恵まれた人たちだけにいずれも日常会話はもちろん、ある程度専門的な会話もできる。
彼らに、いわゆる全国紙は1日に何種類もの新聞を編集・発行しており、最初に作る新聞を「初版(しょはん)」あるいは「早版(はやばん)、一番遅い紙面、つまりレイティストニュースを収容する新聞を「最終版(さいしゅうばん)」と呼ぶ、と話したところ、「同じ『版』という字なのに、なぜ読み方が違うのか。他にも似たような例があるのか」と尋ねられた。
そこで、今度は数字を付けた呼び方を紹介した。1版は「いっぱん」、2版は「にはん」、3版になるとまた「さんぱん」に戻る。かと思えば、遅版「おそばん」という言い方もある。あるいは全国版「ぜんこくばん」のことを本版「ほんぱん」と言う社もある。ここから話題が助数詞、数字の読み方に発展。1日目「いちにちめ」、2日目「ふつかめ」、3日目「みっかめ」というが、同じ意味で「第」を付けると、第1日「だいいちにち」、第2日「だいににち」、第3日「だいさんにち」となる。
来月11日は参院選の投開票日。1票(いっぴょう)の積み重ねが2票(にひょう)となり、3票(さんびょう)となって当落を左右するわけだが、「票」の発音は数字との組み合わせで細かく変化する。外国人の日本語学習者にとっては、漢字の書き方よりもこちらの方が難しいという。日本で生まれ育った者なら自然に身につく語法とも思えるが、ならば「一口(ひとくち)」、「二口(ふたくち)」の次の「三口」は(さんくち)と呼ぶのが正しいか、(みくち)が正しいか。ネイティブスピーカーでも一筋縄(ひとすじなわ)でいかないのが日本語である。
《注》 ブログ“A Successful Failure”の「英語話者に対する言語習得難易度表」(http://d.hatena.ne.jp/LM-7/20090919/1253362856)による。