「絆」の由来 

(第260号、通巻280号)
 
    この数年、新聞、雑誌やテレビ番組などで「絆」という文字をよく見かけるようになっていたが、昨年の東日本大震災「3.11」をきっけに絆の登場が劇的に増え、毎日のように耳にし目にする。

    たいていの場合、人と人の結び付きとか縁の意味で使われているが、漢字の成り立ちから言うと、動物との縁から来ている言葉のようだ。漢和辞典『字通』(平凡社白川静著)によれば、馬を繋(つな)ぎ止めておくため馬の足につけた紐(ひも)の意だった、と解説している《注1》。ここから想像するに、繋ぎ止める→拘束→縛り付ける→結び付ける、と転義していったと思われる。

    絆、は現在「きずな」と仮名書きするのが普通だが、昔は「ず」ではなく「きづな」と「づ」と書かれていたようだ。

    それを裏付けるように、13世紀にポルトガル人の宣教師が編纂した『邦訳 日葡辞書』(岩波書店)は、「キヅナ」の見出しを立てている。その上で「係累、または拘束。ただし、精神的な事柄にしか用いられない」と語義を説明しているのは、かなり鋭い語感と言える。

    また、小学館の『古語大辞典』(編者・中田祝夫、和田利政、北原保雄)も、見出しにしているのは「きづな」《注2》。そして「(1)鷹や犬などをつなぎとめる綱(2)親子兄弟など絶ちがたい愛情関係を紐にたとえたもの。係累。関係」と語義を説明している。

    現代の国語辞典の代表として『岩波国語辞典』(第7版)の語釈を見てみると――[きずな]の見出しの下に「絆」と「紲」の2種類の漢字を挙げ、「馬、犬、たか等をつなぎとめる綱。転じて、絶とうにも断ち切れない人の結びつき。ほだし。例文:恩愛の紲」と極めてオーソドックスで過不足のない記述だ。

    昨年暮れの当ブログで何回か取り上げた『新明解国語辞典』第7版(三省堂)ではどうかというと、[動物をつなぎとめる綱の意]と元来の意味を示した後「(1)家族相互の間にごく自然に生じる愛着の念や、親しく交わっている人同士の間に生じる絶ちがたい一体感(2)何らかのきっかけで生じた、今まで比較的疎遠であった者同士の必然的な結び付き。例文:学校と家庭を結ぶ絆。日欧間の絆(=友好)を強める」とひと味違う。

    人間関係が希薄になった昨今だけに、「3.11」を契機に広まった「紲」という言葉に人々は、これまで忘れかけていた何かを感じ、思い起こしたのだろう。助け合い。分かち合い。『新明解』の語義で言えば(2)の意味での使い方が多いように思われる。


《注1》 「絆」は音読みでは「ハン」「バン」。訓では、「きずな」のほか、「つなぐ」と動詞形の読みもある。
《注2》 確かに、語義にある「綱」から言っても「きずな」より「きづな」とする方が筋が通っていると思う。『明鏡国語辞典 第2版』(大修館書店)は[表記]の注で「現代仮名遣いでは『きづな』も許容」としている。