「ちょっと」の意味は一言ではちょっと言い尽くせない

(第93号、通巻113号)
    ノーベル物理学賞受賞が決まった南部陽一郎氏は、一連のノーベル賞関連記事の中の一つで、共同通信のインタビューに「(候補として注目されるのが)毎年のことで期待していなかった。ちょっと驚いた。大変光栄です」と喜びを語った、と報じられた。
    「ちょっと」という言葉は、漢字で「一寸」とも表記される。「時間、物事の量や程度がわずかであるさま」が基本的な語義だが、このインタビューでの「ちょっと」は、文脈からみても「少し」とか「ちょっぴり」という程度の驚きとは思えない。「非常に驚いた」「かなり驚いた」と受けとめるのがふつうではあるまいか。
    あまりに日常的な話しことばなので、わざわざ国語辞典にあたる人はめったにいないだろうが、手元の辞書をみてみると、数項目の語義の中に「『かなり』の量・程度をあらわす」と踏み込んだ記述を加えているのもある。冒頭の「ちょっと驚いた」はその一例だろう。
    上述以外の語義・用例としては「ちょっと、○○さん。お出かけ?」「ええ、ちょっと、そこまで」。あるいは、パーティーにでも誘われた時に「今度の日曜日はちょっと……」と言いさして断ったり、逆に「ちょっとだけ顔を出しますよ」と義理立てしたり。時には打ち消しの語を伴って「ちょっと考えられない事故だ」という表現もある。また、話がすらすら続かない時に「あの、そのう、なんて言ったらいいか」などと、つなぎの言葉としても用いられる(英語で言えばLet me see.とかYou know.とかいった感じか)。実に、幅広い意味を持つ言葉なのである。
    「日本語副詞『ちょっと』における多義性と機能」と題された論文《注1》がある。外国人向け日本語教育の専門家2人が「北海道文教大学論集」に発表した研究リポートだが、その冒頭で「日本語を母語としない人々が日本語学習途上で日本人とコミュニケーションするとき、ことばの意味解釈から様々なすれ違いが生まれることがある。なかでも平易と思われがちな『ちょっと』は文脈によってその意味が異なるため、誤解を招きやすい」と注意を喚起している。たしかに日本語を学ぶ外国人が、その幅広い用法を理解し、自在に駆使できるようになるまでには、相当時間がかかると思う。
    日本語の母語者が無意識に使っている単語の多義性を見直すには、国語辞典ばかりでなく、和英辞典が意外と参考になる《注2》。「ちょっと」について『スーパー・アンカー和英辞典』(学習研究社)では8項目にも分類して英訳を示している。その一部を紹介するとこんな具合だ。
    4)気軽に行動する様子。「ちょっと聞いていいですか」Could I ask you a quick question? 5)可能性がない様子。「このシミはちょっと落ちないよ」This stain won’t come out easily. 6)程度がかなり高い様子。「この1敗はちょっと(かなり)痛い」This loss is quite a blow to me.
    『新和英大辞典』第5版(研究社)では、上記の6)にあたる英語としてrather, pretty, somewhat, considerablyなどの単語を並べ、「それはちょっと難しい」That would be rather difficultの例文を添えている。
    ちょっと一言では説明できないほど多義である。言葉の豊かさを和英辞典から教えられた思いだ。


《注1》 ウェブサイト「日本語副詞『ちょっと』における多義性と機能.」(http://libro.do-bunkyodai.ac.jp/research/pdf/treatises05/06OKAMOTO&SAITOa.pdf

《注2》 説明の詳しさは、国語辞典の比ではない。「ちょっと」の項についてみると、『スーパー・アンカー和英辞典』では80行、『新和英大辞典』ではなんと110行を超える分量の記述がある。もちろん、例文も多い。これに対して、『現代国語例解辞典』は20行余、『日本国語大辞典』でも30数行に過ぎない。