「白髪」も読み方次第で意味が異なる

(第312号、通巻332号)
   
    唐の詩人・李白に有名な「白髪三千丈」で始まる五言絶句がある。冒頭の2文字はもちろんハクハツと読む。同じく「白髪」と書いてシラガと発音することもある。

    どちらの読み方でも意味は実質的に同じなのだが、ニュアンス、用法は読み方によって少々異なる。『岩波国語辞典第7版』や『日本語 語感の辞典』(中村明著、岩波書店』などによれば、ハクハツは、全体として白くなった頭髪の意で、一本ずつには用いない。主として改まった文章に使う。これに対して、シラガは、会話にも文章にも用いるが、「しらがを抜く」などのように一本ずつを意識した用法が多い。

    「白髪」の場合の意味の違いは、個人の好みによるところが多いが、日本語には、同じ漢字であっても読み方が2通り以上あり、それによって意味はまったく異なる単語が少なくない。たとえば「生物」。セイブツと読めば、動物や植物など指し、ナマモノと言えば、煮たり焼いたりしてない生のままの食物、多く魚類にいうことが多い。他に、いくつか下記に挙げてみる。

  目下→メシタ、モッカ
  面子→メンツ、メンコ(子どもの遊び道具)
  一寸→イッスン、チョット
  国立→コクリツ、クニタチ(地名)
  行方→ユクエ、ナメカタ(地名、苗字)
  最中→サイチュウ、モナカ(菓子)
  一番→イチバン(順番)、ヒトツガイ(雄と雌の一対)

    3通りの読み方の語もある。
  上手→ジョウズ、カミテ、ウワテ
  下手→ヘタ、シモテ、シタテ
  清水→キヨミズ、シミズ、セイスイ

    と、ここまで書いてきてもっと多様な言葉があることを思い出した。うかつなことに、このブログ「言語郎」に以前詳しく書いたことがあるのだ。しかも第1号(2007年1月10日号)で。テーマは、山田洋次監督の佳品『武士の一分』だった。「一分」は、いっぷん、いちぶ、いちぶん、と少なくとも3通りの読み方があり、それぞれ意味が違う、と前置きして、次のように続けた。以下に記念すべきブログの第1号の一部を再録する。

  [「いっぷん」は1時間の60分の1、つまり時間の単位を表す。「1分1秒を争う」などとも使われる。「いちぶ」は普通、10分の1を指す。「梅が3分咲き」と表現する場合は全体の3割程度、の意味だが、1割の10分の1をいうことも多い。野球の打率を「3割5分6厘」という時の「5分」は1割の半分の意だ。さらには、「ごくわずか」あるいは「まったくない」という語義もある。「敵にも一分の理はある」とか「彼の服装には一分の隙もない」とかはその例だが、この場合は洋数字ではなく漢数字を使う。
 で、最後の「いちぶん」と読む場合の意味はどうか。「譲ることの出来ない一身の面目、名誉」。有り体に言えば、「メンツ(面子)」や「体面」とほぼ同義だが、もっと重々しく、古風な響きがする。背景に「恥の文化」も感じられる。映画「武士の一分」はまさにこれにあたる。]

    日本語の面白さ、奥深さを改めて感じた。