「金の草鞋」で尋ねる

(第308号、通巻328号)

    2012年の世相を表す「今年の漢字」の1位にランクされたのは「金」だった。公募した日本漢字能力検定協会によると、日本人選手の金メダルが相次いだロンドン五輪東京スカイツリーの開業、山中伸弥教授のノーベル賞受賞など「多くの金字塔が打ち立てられた」ことが理由に挙げられた。地上だけでなく、空でも932年ぶりに日本の広範囲で観測された金環日食など「金」にまつわる天文現象の当たり年でもあった。

    金といえば、昔から「金の草鞋(わらじ)」という言葉がある。いわく「金の草鞋で尋ねる」、あるいは又「年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ」。このことわざの中にある「金」の文字を「きん」と読む人が意外に多い。

    正しくは「かね」と読む。goldでなくironの「鉄」のことだ。鉄でできた草鞋は普通の藁(わら)で作られたものとちがい、ちょっとやそっとのことではすりきれない。年上の女房は、重くても頑丈な草鞋を履き、時間をかけて根気よく探すだけの価値がある、という意だ《注1》。『明鏡国語辞典 第2版』(大修館書店)や『デジタル大辞泉』(小学館)には、「『金』を『きん』と読むのは誤り」と注意書きが添えられている。

    これも、前号の12月12日付けブログで取り上げた「誤用とは気づきにくい言葉」の一つだろう。以下はその続編として読んでいただきたい。

 ×魁(かい)より始めよ→ ○隗より始めよ
 ×苦渋を味わう→     ○苦渋をなめる
 ×軽(けいそつ)→   ○軽
 ×言を待たない→     ○言を俟たない
 ×後畏(おそ)るべし→ ○後畏るべし《注2》
 ×思想堅固→       ○志操堅固《注3》
 ×(しのぎ)ぎを削る→ ○を削る《注4》
 ×寸暇を惜しまず→    ○寸暇を惜しんで
 ×剣もほろ(ほ)ろ→    ○けんもほろろ《注5》

    いずれも、ついうっかり使いがちだ。ただし、上に挙げた言葉で「×」としたものが、必ずしも間違いとは言い切れない語もある。例えば「軽卒」。『明鏡国語辞典 第2版』では、「俗に軽卒とも書くが、誤用とされることが多い」としているかと思えば、『新明解国語辞典第7版』は「軽卒、とも書く」と寛容。異説というより現状追認と言うべきか。


《注1》 年上の女房に限らず、価値の高いものを探すときの喩(たと)えにも使われる。

《注2》 「後世」は後に来る時代のこと、「後生」はあとから生まれてくる人の意。

《注3》 「志操」とは、志をか堅く守って容易に変えない心。

《注4》 「鎬」とは、刀身の刃と峰との間を一線に走る、少し高くなった部分。

《注5》 「けん」も「ほろろ」もキジの鳴き声だが、その声が無愛想に聞こえることから「冷淡でとりつくしまもない」という意味になったという。