「汚名挽回」という用法も可、という説

(第294号、通巻314号)

    「汚名挽回」という言い方は誤用ではない――。『明鏡国語辞典』(大修館書店)の編者グループが唱える説は、理論的には筋が通っている。同辞典編者の北原保雄氏のグループが執筆している単行本『問題な日本語』の小さなコラムで次のような主旨の持説を述べる。
  〔 「挽回」は取り戻す意だから「名誉挽回」は正しいが、「汚名挽回」は誤り、というのが新聞をはじめとした大方の意見だ。ところが、「挽回」には、巻き返しを図る意がある。これで解釈し直すと「劣勢を挽回する(=巻き返す)」、「衰退した家運を挽回する(=立て直す)」、「不名誉(汚名)を挽回する(=巻き返す)」などのすべて正しい言い方となる。「汚名挽回」を「汚名返上」に訂正する必要など最初からなかったのだ 〕

   『明鏡国語辞典』本体では、「『汚名挽回は誤用である/誤用でない』の両説がある」と記しているだけだったが、単行本では一気に2歩も3歩も踏み込み、通説に対して真っ向から反対している。しかも、『続弾!問題な日本語』では、本文に5ページも割いていくつもの用例を示して意味用法《注》を詳しく論じている。

    その内容を私なりに要約すると、「Aを挽回する」の目的語「A」の位置に入る語には2種類ある。
 1) 「現在の状態を過去の状態より劣ったものとみなした語」からもので、「奪われたものや失われた ものを取り戻す」意となる。
    例文:昔の勢いを挽回する。往年の輝かしい栄光を挽回する。全盛時の人気(名誉・名声)を挽回する。
 2) 「もとのよい状態を取り戻すために、巻き返しをはかる。盛り返す。立て直す」の意で使う。
    例文:劣勢を挽回する。汚名を挽回する。地に落ちた名声を挽回する。

    1)にしろ、2)にしろ、「挽回する」の目的語のAに入るのはマイナス状態を表す語であるのが普通だ。先週紹介した『お言葉ですが…』の高島俊男先生に言わせると、通常「〜運」か「〜勢」という語がつく。Aにプラス状態がくるのは「名誉を挽回する」のたった一つあるだけである、としている。

    だからと言って「汚名を挽回する」の表現が間違いとも決めつけられない。今のところ、個々人の語感に従うほかないようだ。私自身はこれまで通り「汚名返上」を使うが、今回のブログで調べた成果として他人が「汚名挽回」と言うことにも寛大になるような気がする。

《注》 同書によれば――「挽回する」の「挽」はひっぱる、「回」はもどす。「挽回は、ひっぱって自分の方にもどす意。これが基本義――としている。