「半夏生」と化粧

(第284号、通巻304号)
    
    文は書き出しが難しい。

    朝日新聞夕刊be面で狂言師野村萬斎が「きょう.げん.き!!」という欄でエッセイを連載している。夏至の翌日の6月22日付けの見出しは「素顔でも美しく」で次のように書き始めている。

  [ もうすぐ半夏生(はんげしょう)。葉の一部が化粧をしたような「ハンゲショウ」が見頃になる。化粧といえば何年か前、男性用化粧品コマーシャルに出演した。(中略)いつの時代も、化粧への関心は高い。謡と舞が中心の狂言「金岡」にも出てくる。珍しく、切ない恋の歌が出てくる重い習いの曲で、私が好きな狂言の一つだ ]

    「化粧」。狂言師としての舞台で重要な役割を持つ化粧を語るのに、季節の変わり目を表す古来の日本語を話の枕に持ってくる。“半分玄人”とでもいうべき「セミプロ」級の書き出しだ。

    「半夏生」とはふだんあまりお目にかからない言葉だが、辞書によれば二つの意味がある。
    
    まず挙げられるのは、雑節《注1》の一つとしての意味。「夏至から11日目に当たる日(新暦では7月2日ごろ)《注2》、農家ではこのころ田植えの終期とされる」。2番目の意味は植物の名称。「ドクダミ科の多年草。水辺に生ずる。高さ約60センチメ-トル。夏、茎頂にある葉の下半部が白色に変じ、その葉腋に白色の穂状すいじょう花を綴る。片白草(かたしろぐさ)ともいう」《注3》。

    植物としての名前は、「半夏生の頃に白い葉をつけるからとも、また、葉の半面が白いのを半分化粧したという意味からともいう」《注3》。

    野村萬斎のエッセイの巧みさにはいつも感心させられる。今回の「素顔でも美しく」では、「半夏生」の持つ二つの語義を併せて取り入れつつ、自分の本業の芸を語っている。エッセイの見出しをもじって言えば、「文でも魅せる」芸の持ち主である。


《注1》 立春夏至小暑などの二十四節気をより細分化した季節の移り変わりを示す歴日。節分、入
梅、土用など9種類ある。

《注2》 今年は、7月1日。

《注3》 『日本国語大辞典』第2版(小学館)、『明鏡国語辞典』第2版(大修館書店)による。