風光る月

(第270号、通巻290号)
    
    山形県A町の小さな小学校のN校長から定期的にブログ通信《注》が送られてくる。先日届いた最新号は卒業式での校長あいさつ特集だった。タイトルに「風光る3月に旅立つ君へ」とあった。当ブログの前号と前々号は卒業式の定番の歌について書き連ねてきたので、今号は趣向を変えて卒業式のあいさつの言葉に触れてみたい。

    N校長のあいさつは「3月は、風光る月、とも言われます。風が光るように吹き渡る月です」という言葉で始まり、「日差しが強くなり、雪解け水が日ごとに勢いを増す季節になりました。多くの人が新しい場所、見知らぬ土地へと旅立つ季節でもあります。13人の6年生も、その時を迎えました。6年間、小学校に元気に通ってくれたこと、そして、この1年間は学校の大黒柱の役割を果たしてくれたことに、教職員を代表して、心から『ありがとう』という言葉を贈りたいと思います」と続けて一人ひとりに、はなむけの言葉を語りかけている。

    例えば、こんな具合だ。「Aさん あなたは文集に東日本大震災のことについて、停電で寒かったこと、テレビで津波が押し寄せる音を聞いて怖かったことを綴っていました。その上で『生き残ったこの命を大切にして、被災した人たちが復興できるよう応援していきたい』と書いていました。思ったことを素直に綴った、とてもいい作文でした。幼稚園の先生になるのが夢ですね。優しい心を大切にして、子どもたちに慕われる先生になってください」。
    
    あるいは又、水泳が得意のS君に対しては、「中学や高校に進んでも水泳を続け、いつの日か『世界の北島康介選手を超えたい』と抱いている夢は、高い目標ですが、志と目標は高いほどいいのです。挑戦してください」とエールを送った。

    また、Hさんには「学校文集の扉に『マット運動は苦手』という、あなたの詩が載っています。その詩は『くやしさと苦労の分だけ、大きな喜びが返ってくる』と結ばれていました。言葉遣いの豊かさに感心しました。(小さい時からの目標のパティシエになったら)持ち前の感覚をお菓子作りに活かしてください」と励ました。

    N校長は、実は現役の新聞記者から公募に応じて転身した「民間人校長」である。校長としては3回目の卒業式という。大阪府の高校卒業式で、「君が代」を教員が歌っているかどうか、管理職が口の動きをチェックしていたというニュースがつい先日話題になったばかりだけに、“クチパク”とは対照的な「風光る3月に旅立つ君へ」の卒業式を取り上げてみた次第だ。

    N校長が使った「風光る」という表現は、「風薫る5月」という慣用句と比べると今ではあまりお目にかからない。しかし、風が語りかけてくるような、詩的な響きがする。ある人は「自然の心を感じる」と言った。

    ことのついでに辞書をめくっていたら「風待ち草」という美しい言葉を見つけた。春の風を待って咲く花、の意で、梅の異称という。

    自宅近くの川沿いの散歩道には梅の木が多い。この冬は寒かったせいか、いつもより咲くのが遅く、今が見頃だ。山形県のA町の小学校卒業生の前途には、きらめく春風が光り輝いて待っているはずだ。

《注》 メールマガジン「おおや通信」(http://www.bunanomori.org/NucleusCMS_3.41Release/index.php?catid=3&blogid=1