続『新明解』最新版――辞書の個性

(第256号、通巻276号)
 
    オリンパス損失隠し問題をめぐって第三者委員会が先週公表した報告書の中に、目を引く表現があった。問題の根源に「悪い意味でのサラリーマン根性の集大成とも言うべき状態」があったと断罪したのである。

    前回のブログで『新明解国語辞典』第7版(以下、『新明解』と略)を取り上げたが、その新聞広告の中に実は「サラリーマン根性」という語の運用例も掲載されていた。「『サラリーマン根性』などの形で、定期的な収入を得て安定した生活をすることを第一として仕事に情熱や意欲を持とうとしない、サラリーマンの陥りがちな人生態度を、非難や皮肉の気持ちを込めて言うことがある」。

    これは、語釈ではなく「運用」欄に書かれたものだが、個性的な解釈ではある。それは、『新明解』の編集主幹を務めた故山田忠雄氏の個性を反映したものにほかならない《注》。山田主幹は、好悪の情が激しかったかった方のようだ。たまたま冒頭に引用した「サラリーマン」で言えば、民よりも官、公務員に手厳しかった。「役人」の語釈を一例にあげてみよう。版によって微妙に記述は変ってきているが、底流にある役人観は一貫している。

  【役人
  △初版:官職にある人。公務員。官吏。「役人根性」=役人特有のおうへいで、融通のきかない考え方。
  △第3版:公務員。(「役人根性」は初版、2版に同じ)
  △第4版:役所の一員として人民の取締りに任じた者。公務員の俗称。(「役人根性」は初版〜3版と同じ)
  △第6版:役所の一員として権力を行使した人の総称。行政事務に従事する公務員の俗称。「お役人的」=役人に特有だとされた、杓子定規(しゃくしじょうぎ)で融通のきかない考え方をする様子だ。
  △第7版:(6版と同じ。代わりに「役所勤め」の語釈を紹介する)
 【役所勤め
  「かつては、『お役所仕事』の形で、形式や前例にこだわった杓子定規な扱いしかできない上に、能率の悪い仕事ぶりを(役所に限らず)指して、皮肉ったり、非難するのに用いられた」。
 もう一例を挙げる。
 【官僚的
  「官僚一般に見られる、事に臨んでの独善的な考え方や行動の傾向を持っている様子だ。具体的には、形式主義・事なかれ主義や責任のがれの態度を指す」。

    「かつては」とか「〜た」などと過去形で表現し、今は違うとの意味合いを込めているのかもしれないが、身内に少なからぬ公務員関係者を持つ身としては、偏見すぎるのではないか、と胸中穏やかでない。

    個人的なことはともかく、辞書を単に漢字の書き方や語の意味を確かめるために使うだけなら、語釈にあまりこだわることもない。しかし、語の微妙なニュアンスの違い、用法などまで詳しく知ろうとするのであれば、それぞれの辞書の特徴を見極めてから購入した方がよい。

    私の場合、いくつかの単語を指標にして引き比べる。指標には、難しい言葉よりも今さら辞書を引くまでもない易しい言葉も含めている。例えば、方向を示す「右」を例に説明を進めようと思ったが、本ブログの1回分としてはスペースオーバー気味なので、次回に譲ろう。


《注》 第5版の序に編集委員会を代表して柴田武氏は「本辞典の個性豊かな内容が一部の識者に注目され(途中一部略)、学習辞書の枠をはずして、教養書として『辞書を読む』新しい層をつかんだ。(途中一部略)その個性は、主幹・山田忠雄の資質から生まれたものである」と記している。