「エンスト」はエンジンストップの略じゃなかった

(第234号、通巻254号)
    
    思い込みによる言葉の間違いは、辞書編纂(へんさん)者も凡人と同じように犯すことがあるようだ。
    エンスト。意図しない所で不意に車のエンジンがストップしてしまうこと。この語は、エンジン・ストップ(engine stop)という英語を日本流に略したものだ、と思い込んでいた。ところが、数日前、当ブログの愛読者の1人から「三省堂の辞書は間違いが多い。エンストをエンジンストップの略語だと、解説しているが、正しくは“エンジン・ストール”の略語である」という趣旨のコメントが寄せられた《注1》。
    
    まさか、と思いながらもさっそく各辞書に当たってみた。いつもと手法を変えて、まず和英辞典を引くと、『スーパーアンカー和英辞典』(学研)は「エンスト」の項で「engine failure[stall]」と英語を示した後、「危ないカタカナ語」なるコラムを設けて次のように親切に教えている。
    
    「エンジンがストップすることから『エンスト』というが、engine stopという英語はない。The engine stopped[died].のようにもいうことができるが、これもstallを動詞に使ってThe engine stalled.のように表現するほうがよい」《注2》。
    
    他の和英辞典、英和辞典も、「engine failure」または「engine stall」で一致しており、名詞形で「engine stop」という英単語は見あたらない。では、日本の国語辞典はどうか。三省堂でもっとも人気のある『新明解国語辞典』第6版(三省堂)の「エンスト」の項には語釈の前に「和製英語エンジンストップの省略形」とある。同じ三省堂の中型国語辞典『大辞林』第3版も「エンジンストップの略」としているのは同様だが、「和製英語」という点には触れていない。
    
    しかし、『三省堂国語辞典』第6版は「和製英語engine stop(エンジンストップ)。〈俗〉自動車などのエンジンがとまってしまうこと。もと、航空機のエンジン故障による失速状態、エンジンストール(engine stall)の略」と語源にまで言及している。三省堂の辞書、といっても同列には論じられないのである。
    
    ちなみに、国民的国語辞典を自負する『広辞苑』第6版=DVD-ROM版(岩波書店)は、「(和製語)エンジン‐ストップの略。自動車などのエンジンが不意に作動を止めること。また、故障すること」としている。全13巻からなる日本最大の国語辞典『日本国語大辞典』第2版(小学館)にしても、「{洋語}engine stop(エンジンストップ)の略。エンジンが故障などで急に動かなくなること。おもに自動車についていう」と書いているほど。今のところ、国語辞典では、この“エンジンストップ”派が主流だ。辞書編纂者の多くが「失速状態」にあるのに気づいていないのは残念な気がする。 


《注1》 当ブログ「言語郎」5月18日号の「続『大地震』は『おおじしん』か『だいじしん』か」。

《注2》 英語でエンストを表す時は単に「stall(ストール)」とも言うようだ。