「朝イチ」から派生した「午後イチ」

(第231号、通巻251号)
    
    「朝イチ」と言っても、ここでいうのは「朝市」のことではない。「新システムの打ち合わせは、明日、朝一(あさいち)でやろう」。「朝一で仕入れに行く」。職場でよく交わされる会話だろう。朝起きてすぐ、あるいは出勤して最初に行う仕事のことだ。ここ十数年ほどの間に広まった言葉と思われるが、今ではほとんどの辞書に採録されている。朝一番、とも言う。
    
    ただ、具体的に何時を指すかは一概に言えない。東京・築地の魚市場での仕事なら午前3時か4時を意味するかもしれないし、官公庁や一般的な会社であれば8時半か9時ごろを意味するのかしれない。人、環境、慣習によって違いがある。
    
    たとえば、大学生の場合。ウエブなどをのぞいて見ると――、1時限目の授業に出席すること、あるいは、部活動やサークルの早朝練習、早朝アルバイト等の意味でも使われるそうだ。「明日、朝イチだよ。ちょっときついなぁ」といった具合だ。
    
    この「朝一」から派生して最近は「午後一(ごごいち)」という言い方も出てきた。と言うより、定着しつつある。『現代国語例解辞典』第4版(小学館)には「その日の午後のいちばん最初に。午後になったら最優先して。午後一番」と詳しい語釈が示され、「明日の午後一に伺います」「午後一で会議がある」の例文が添えられている。
    
    『三省堂国語辞典』第6版、『岩波国語辞典』第7版、『明鏡国語辞典』第2版(大修館書店)の各国語辞典もほぼ同様の扱いだが、なぜか岩波書店の『広辞苑』は載せていない。『新明解国語辞典』(三省堂)にいたっては、「午後一」だけでなく「朝一」も掲載していない。これもまた、辞書の個性というべきか。
    
    ここでも例によって、ウエブで検索してみたが、具体的な時間となると解釈は一様ではない。一般的には、正午から午後1時までを昼休みとして「ランチタイムが終わってすぐの午後1時」とする人が多いようだが、午後になっての一番だから正午過ぎのことか迷う人もいるし、勝手に「ランチが終わって一服終えた午後2時ごろ」と幅を持たせて受け止める人もいる。
    
    ビジネスで約束するなら「午後イチ」などと曖昧な言い方をせず、「午後1時」あるいは「13時」と具体的に表現してお互いに確認した方が無難だ。そうでないと、前号で取り上げた菅首相の「一定のメド」発言のように意味があいまいになり、争いの原因になりかねない。