「ざっくり」の意味をざっくり説明 

(第225号、通巻245号)  
    
    1週間ほど前に『齋藤孝のざっくり!西洋思想』(祥伝社)という題名の本が発売された。齋藤孝氏と言えば、私が最初に読んだ著書は『声に出して読みたい日本語』だが、間口が幅広いのには驚く。文章術から古典の解説、教育論まで様々な分野にわたる著作を次から次へと出版、合間にテレビにも出演する、当代きっての売れっこ学者だ。
    
    中でも言葉に関する著作が多い。その日本語の専門家が書名に使っている「ざっくり」にひっかかりを感じた。調べてみたところ、氏の著作には『齋藤孝のざっくり!日本史』(2007年12月)や『齋藤孝のざっくり!美術史』(2009年10月)など「ざっくり」を書名に取っている本が他にもあることを知った。
    
    核心にズバリ切り込み「詳しく」書いた本の意なのか、概略を「大ざっぱに」に分かりやすく解説した本の意なのか、あるいはまったく違う意味なのか。結論的に言えば、2番目の意味で、比較的最近になって使われ始めた用法のようだ。
   
   「ざっくり」は、『現代国語例解辞典』第4版(小学館)にあるように、ふつうは1)「力をこめて物を切ったり、割ったりするさま。キャベツをざっくりと切る」、2)「深くえぐれたり、大きく割れたりするさま。傷口がざっくりと割れる」、3)「布地などの手ざわりや目などの粗いさまをいう語。ざっくりしたセーター」が本来の一般的な語義であり、使い方だろう。
   
    中型の『広辞苑』第6版(岩波書店)も、大型の『日本国語大辞典』第2版(小学館)も大同小異の説明。「大ざっぱ」の意味は載せていない。小型辞書としては少し大きめの『明鏡国語辞典』(大修館書店)も、2002年12月発行の初版には掲載していない。
    
    ところが、である。8年後の2010年12月1日に発行された『明鏡国語辞典』第2版は、 [俗]と断りを入れながらも「おおまかであるさま」と新しい語義を加え、「ざっくり計算したところでは……」と例文まで添えているのだ。また、新語・新用法を積極的に採録することで知られる『三省堂国語辞典』第6版(2008年1月)になると、もっと踏み込んで「議論などが、大ざっぱであるようす」と明解に記述、「ざっくり言うと」の例文を挙げている。
    
    国語辞典によっては、「料理で、丁寧ではなく大まかに」(『岩波国語辞典』第7版)とか「性格や態度が細かい事にこだわらず、さっぱりしている様子」(『新明解国語辞典』第6版)とかの意味を加えている例もあり、意味の拡大方向を示唆している。多義語化が進んでいる最中ともいえる。
    
    その変化を積極的に取り入れ、総括的にまとめたウエブ辞書がある。たとえば、『デジタル大辞泉』の提供を受けている「goo辞書」は、「ざっくり」の意味を細かく6種類に分け、その3番目の語義で次のように説明している。
    
    「大ざっぱなさま。全体を大きくとらえるさま。おおまかに」としたうえで、「取りあえずざっくりしたところだけでも決めておこう」、「ざっくりとした話し合い」「要旨をざっくりととらえる」と丁寧に文例を例示している。ウエブで検索したところでは、著名な評論家やジャーナリストの中にも使っている人がいるという。
    
    個人的な好みではあまり使いたくない用法だ。しかし、一部とはいえ、辞書も追認しているのだから『ざっくり!西洋思想』などと題名に用いるのも間違いとは言えない。ざっくり申せば、齋藤氏は言葉の多義語化を率先して推進しているということなのだろう。