「具に」をなんと読むか

(第223号、通巻243号)  
    
    長野県に栄村という人口2300人余の小さな村がある。19日夜のテレビ朝日報道ステーション」で「震度6が頻発する、もう一つの被災地」として取り上げられた。東日本大震災の翌日・3月12日に震度6強、マグニチュード6.7の強い地震に襲われ、村民の多くが被災したのである。しかし、目を覆う惨状の「3.11」の陰に隠れ、ほとんどニュースに登場しなかった。新聞を「具に」読んでいる人でもほとんど気づかなかったのではあるまいか。
    
    回りくどい書き方はやめよう。今回のテーマは「具に」の訓読のしかたである。上記の「具に」をなんと読むだろうか。実は、この読み方を私はハンガリー生まれの数学者、ピーター フランクル氏《注》の著作『美しくて面白い日本語』(宝島社)から知った。フランクル氏は、12カ国語を話す語学の天才として知られるが、かつてテレビのクイズ番組に出演した際、いくつかの漢字の読み方を出題されて往生した問題のひとつという。私が読めなかったから言うわけではないが、他の日本人の出演者もおそらく正解した人は少なかったにちがいない。
    
    正解は「つぶさに」である。詳細に、細かいところまで詳しく、もれなくことごとく、の意だ。想像もしていなかった読み方だった。確かに、どの国語辞典にも、漢和辞典にも掲載されている。たとえば、『新明解国語辞典』(三省堂、第6版)は「つぶさに」の見出しの下にこう説明している。
    「物事の具体的な一つひとつが、大小漏れなく取り上げられる(経験の対象とされる)様子」。そして「現状を具に説明する」「微妙な変化を具に観察する」の文例を挙げている。
    
    『読めそうで読めない漢字』とか、『難しい漢字の読み方』とかいった類の本でよく見かける漢字と違って「具」は、「道具」とか「具体的に」とかごくふつうに使う日常漢字だ。それだけに「つぶさに」のいう読み方には意表を突かれた。負うた子に教えられ、という言葉があるが、今回は、外国人に日本語を教えられた思いがする。
    
    フランクル氏の『美しくて面白い日本語』には、他にもあっと驚く読みの漢字が紹介されているので、次回にまた取り上げたい。


《注》 大道芸人としても知られるユニークな数学者であり、芸能人でもある。国籍はフランス。日本と日本語を愛し「こんなに奥深く、内容豊かで、そして難しい言語はみたことがない」と語っている。