「ただちに健康に影響は……」の「ただちに」の期間は? 

(第222号、通巻242号)  
    東日本大震災から1カ月が過ぎたが、復興が緒に就いたとはとても言えない。ふつうなら新聞の一面に載るような規模の大きな余震も続いており、心が安まる暇もまない。加えて福島第1原発放射能汚染問題。しかし、基準値をはるかに超えた、びっくりするような放射線の測定値が出ても、政府は「ただちに健康に影響を及ぼすものではない」と言うのが常だ《注》。
    3月20日付けの朝日新聞1面の「農産物、基準超す放射能」の記事でもこんな具合だ。牛乳の被曝量の例について枝野官房長官が「ただちに健康に影響を及ぼす数値ではないということを十分ご理解いただき」と呼びかけ、茨城県のホウレンソウの出荷自粛について県は「毎日15グラムを1年間食べ続けても健康に影響を及ぼすレベルではない」と述べた発言を引用し、さらに放射線防護学の専門家の発言「規制値を超える野菜でも、大量に長時間食べ続けなければ、ただちに健康に影響が出るものではなく」との談話を添えている。
    「ただちに」とは、いったいどのくらいの期間を指すのだろうか。『岩波国語辞典』(第7版)には、「時間を少しも置かずに。すぐ」とあり、注記として「法令文では、『遅滞なく』『すみやかに』にくらべて即時性がもっとも強い』と解説している。素直に政府の発表文にあてはまれば、「影響がすぐ出ることはない」という意味になる。1時間後に、あるいは24時間後に健康に影響を及ぼすことはない、と言ったまでで、1年後とか5年後のことまで言及したわけではない、という逃げ?の発言とも取れる。
    数カ月経ってから体に変調をきたしても、「嘘」をついたことにはならないわけだ。勘ぐれば、国会の答弁で使われる「官僚用語」。「前向きに検討します」「善処します」の類の言葉である。言質を与えないテクニカルタームと言える。
    言語学的には、「ただちに出発する」という文と「ただちに影響を及ぼすものではない」という文では、肯定文と否定文の違いがあるのだから、「ただちに」の意を同列に論じるのはおかしい、という反論もあるかもしれないが、ごく一般的な国民からみれば、「健康に心配はない」とか「影響が現れるとしても10年後」「現在、被曝した人はこの程度の数字では安心だが、その子孫に対しては○パーセントの確率で影響が出るかも知れない」などとできるだけ具体的に分かりやすく説明してくれるのが当然と思う。こちらの方は文字通り「ただちに」してほしいものだ。


《注》 政府は4月12日、福島第1原発の事故を国際原子力事故評価尺度(INES)で最悪の「レベル7」と暫定評価した。このレベルは旧ソ連チェルノブイリ原発事故と同じである。