捜査の「見立て」が筋違い?

(第198号、通巻218号)
    「見立て」というと、どんなことを連想するだろうか。「ネクタイの見立てがいい」とか「あの医師の見立てはしっかりしている」とかの類だろう。見立て、という言葉は、他にも様々な意味を持つ多義語だが、「検察の見立て」とか「捜査の見立て」という使い方は、これまであまりなかったように思う。
    前回のブログでも取りあげた郵便不正事件にからむ大阪地検特捜部の前田恒彦・前主任検事の証拠隠滅容疑事件。このニュースをスクープした9月21日付けの朝日新聞は「捜査の見立てに合うよう(証拠のフロッピーディスクの)データを改ざんした」疑いがある、と報じた。この報道をきっかけに、マスコミ各紙(誌)には、「改ざん」という語と共に「見立て」が頻繁に登場するようになった。
    とくに難しい言葉ではない。記事の文脈から「事件の筋書き」「検察が描いた事件のシナリオ、ストーリー」あるいは「事件の構図」というような意味だと見当がつく。しかし、本来の「見立て」とは意味が相当ずれている。『日本国語大辞典』第2版(小学館)には、このブログの冒頭に挙げた2種類の意味以外に6種類の語義が挙げられている《注》。
  1)出発する人を見送ること。見送り。送別。2)近世遊里で、客が相方(あいかた)としての遊女を選ぶこと。おみたて。3)作柄を実際に見ること。検見(けみ)。4)思いつき。趣向。考え。5)あるものを、それと共通点のある別のものだとして取り扱うこと。別のものになぞらえること。とりなすこと。6)俳諧で、あるものを他のものになぞらえる作りかた。また、比喩仕立ての句。
    実に多様な意味があるのに驚く。日本経済新聞のネット、2009年2月23日の「ことばオンライン」には「見立て」を「分析、読み」という意味で政局や経済ニュースで幅広く使われるようになったのは2006年、2007年ごろからのようだ、と述べている。ただ、「事件の見立て」については言及していない。私の見るところでは、『日本国語大辞典』の語義の4)と5)から転義し、事件関係などの分野で使われ始めたのではあるまいか。一種のテクニカルタームであるが、大阪地検特捜部の証拠改ざん事件が裁判などの節目節目で報道されるたびに広く浸透していくような気がする。


《注》 『日本国語大辞典』など大型国語辞典の用例文を見ると「見立て」は本来、あるものを別のものになぞらえることが原義と考えられる。和歌や俳句、浄瑠璃、物語、落語など文学・芸術分野で昔から広く用いられている。落語で扇子や手ぬぐいを「筋」に応じて様々な道具に「見立て」て演じるのはその一例だ。